目次 — 知りたいところから読む
前提と読み方

前提知識 電圧・電流・電力・エネルギーと単位の換算。

入門 · 原理・構成・判断のための解説です。

交流系統の周波数は、発電と消費がぴったり釣り合っているときにだけ一定に保たれる。発電が需要を下回れば周波数は下がり、上回れば上がる。この釣り合いのズレに対して、系統が「どれだけ猶予を持って反応できるか」を決めているのが慣性である。水力・火力・原子力の同期発電機は、巨大な回転体そのものが運動エネルギーの貯蔵庫として働き、需給が崩れた瞬間から数秒間、周波数の急落・急騰を自然に和らげる。ところが太陽光・風力・蓄電池はパワーエレクトロニクス(インバータ)を介して系統につながるため、この自然な緩衝作用を持たない。同期発電機の慣性とスイング方程式の基礎は電力工学入門で導入した。本稿では、その式が実際に何を意味するのか、そしてインバータ電源が主役になる系統で周波数をどう守るのかを掘り下げる。

30秒で分かる結論

  • 慣性とは、同期発電機の回転体(タービン+ロータ)が持つ運動エネルギーが、需給の急変時に自然にエネルギーを出し入れすることで周波数変化を緩やかにする性質である。慣性が大きいほど、同じ需給ギャップに対する周波数変化速度(RoCoF:Rate of Change of Frequency)は小さくなる。
  • インバータで系統につながる太陽光・風力・蓄電池は、機械的な回転体を持たないため、自然には慣性を提供しない。これらの電源比率が上がり同期発電機が相対的に減ると、系統全体の慣性が下がり、同じ規模の電源脱落でもRoCoFが速くなる。
  • 周波数維持は時間スケールの異なる三段階に分かれる。日本の需給調整市場では、一次調整力(応動10秒以内)、二次調整力①②(応動5分以内)、三次調整力①(応動15分以内)、三次調整力②(応動60分以内)という商品区分で調整力が調達されている。
  • 合成慣性(仮想慣性)は、インバータが周波数変化率df/dtを検出し、同期発電機の応答を模した電力を蓄電池などから瞬時に出し入れすることで、慣性に似た効果を人工的に作り出す技術である。グリッドフォーミング制御はその発展形として研究が進んでいる。
  • 2016年の南オーストラリア州大停電と2019年の英国大停電は、いずれも低い系統慣性・インバータ電源比率の高さが被害拡大の一因として指摘された、実際に検証された事故である。
  • 日本でも再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、資源エネルギー庁の審議会で系統全体の慣性力確保が検討課題として取り上げられている。

1. 慣性とは何か — 回転する質量というエネルギーの貯金箱

同期発電機は、タービンと発電機ロータが同じ軸で回転する巨大な回転体である。回転している質量は

E_{kin}=\frac{1}{2}J\omega^2

という運動エネルギーを蓄えている。Jはロータの慣性モーメント、\omegaは角速度である。需要が急に発電を上回ると、まずこの回転体が持つ運動エネルギーの一部が電気エネルギーとして系統に供給され、その分だけロータの回転速度、つまり周波数がゆっくりと下がる。逆に発電が需要を上回れば、余った電力の一部がロータを加速させる方向に働き、周波数がゆっくりと上がる。

この「回転体という物理的なバッファ」があるおかげで、需給のズレが生じても周波数は瞬時にはゼロへ飛ばず、数秒程度の猶予をもって変化する。この猶予こそが、保護リレーや調整力が動作するまでの時間を稼いでいる。

図1 · ボタンで表示を切り替え
同期発電機の回転体が持つ慣性とインバータ電源の違い左側は回転するロータが運動エネルギーを蓄え周波数変化を緩やかにする様子、右側はインバータ電源が機械的な回転体を持たない様子を対比する図 回転するロータ 同期発電機:運動エネルギーE=½Jω²を保持 需給が崩れると回転速度が緩やかに変化=周波数が緩やかに変化 インバータ (半導体スイッチング) 機械的な回転体なし 太陽光・風力・蓄電池:自然には慣性を提供しない 制御で「疑似的な慣性応答」を作り込む必要がある

図1 — 同期発電機の回転体は運動エネルギーを蓄え、需給の急変を緩やかにする自然なバッファとして働く。太陽光・風力・蓄電池のインバータ電源は機械的な回転体を持たないため、同じ役割を果たすには制御によって意図的に模擬する必要がある。

2. スイング方程式とRoCoF — 慣性を式で見る

電力工学入門で導入したスイング方程式は、慣性定数Hと周波数偏差\Delta fの関係を

\frac{2H}{f_0}\frac{d\Delta f}{dt}=P_m-P_e-D\frac{\Delta f}{f_0}

Δf=f−f₀はHz、x=Δf/f₀はpu偏差。Pm/Peは共通の定格電力ベースでpu、Hは同じベースに換算した秒、Dはpu電力/pu周波数で定義する。従って2H dx/dt=Pm−Pe−Dxとなり、周波数Labの定義と一致する。

と表す。ここでP_mは機械入力、P_eは電気出力、Dは負荷の周波数特性による減衰項である。慣性定数Hは、発電機の定格出力に対して回転体が蓄える運動エネルギーが何秒分に相当するかを表す量(単位は秒)で、火力・水力の大型同期機ではおおむね2〜8秒程度の値を取る。

D\Delta f/f_0の項を無視して単純化すると、需給ギャップ\Delta P=P_m-P_eが生じた直後の周波数変化速度、すなわちRoCoFは

\text{RoCoF}=\frac{d\Delta f}{dt}\approx \frac{\Delta P}{2H}\cdot f_0

のように、慣性定数Hにおおむね反比例する形で近似できる(f_0は定格周波数)。慣性の大きい系統ほど、同じ規模の発電機脱落に対してRoCoFは緩やかになる。逆に、同期発電機の割合が減って系統全体の実効的な慣性が下がると、同じ\Delta PでもRoCoFは速くなり、保護装置や調整力が反応する前に周波数が危険な水準まで落ち込むリスクが高まる。

3. インバータ電源が慣性を「持たない」理由

太陽光パネルは直流を出力し、風力タービンは可変速で回るため出力周波数が系統と一致しない。どちらもパワーコンディショナ(インバータ)を介して、電力変換によって系統周波数に合わせた交流を作り出している。このインバータは半導体スイッチングで電圧・電流の波形を作る装置であり、同期発電機のように物理的な回転体を持たない。系統の周波数が変化しても、インバータの直流側にある太陽電池パネルやバッテリーセルが自然に運動エネルギーを出し入れするわけではない。

多くのインバータは「グリッドフォロー型(grid-following)」と呼ばれる制御方式を採用しており、系統の電圧・周波数を外部から与えられた基準として追従するだけで、自らが周波数を作り出したり支えたりする動作はしない。したがって、インバータ電源の比率が増えて同期発電機が相対的に減少すると、系統全体で自然に得られる慣性の総量が減少し、電源脱落や急激な需要変化に対する耐性が下がる。これが「慣性力低下問題」と呼ばれる課題であり、日本でも資源エネルギー庁の審議会で、再生可能エネルギーの導入拡大に伴う課題として取り上げられている。

4. 周波数維持の三段階 — 一次・二次・三次調整力

電力工学入門で示した「瞬時〜数秒」「数秒〜数分」「数十分〜日」という三つの時間スケールは、日本の需給調整市場では具体的な商品区分として制度化されている。

商品区分 応動時間 継続時間 役割
一次調整力 10秒以内 5分以上 ガバナフリー運転による周波数の即応的な下支え
二次調整力①・② 5分以内 30分 負荷周波数制御(LFC)による需給差の解消
三次調整力① 15分以内 30分 経済負荷配分(EDC)による中期の需給調整
三次調整力② 60分以内 30分 再エネの予測誤差など、より長い時間軸の需給調整

一次調整力は、慣性による緩衝が効いている数秒〜十数秒の間に、同期発電機のガバナ(調速機)が自律的に出力を増減させることで周波数を下支えする役割を担う。慣性が「反応するまでの時間を稼ぐバッファ」だとすれば、一次調整力は「その時間内に実際に手を打つ最初の一手」にあたる。二次・三次調整力は、より長い時間軸で需給の帳尻を合わせていく。蓄電池やEVを束ねたVPPがどの商品区分に参加できるかは、リソースの応答速度に依存する(VPP(バーチャルパワープラント)入門を参照)。

5. 合成慣性・仮想慣性 — インバータに疑似的な慣性を持たせる

インバータ電源が増えても系統の安定度を保つための解決策の一つが、合成慣性(synthetic inertia)または仮想慣性(virtual inertia)と呼ばれる制御である。これは、インバータが系統周波数の変化率df/dtをリアルタイムに測定し、その変化に応じて蓄電池や太陽光の出力を瞬時に増減させることで、あたかも同期発電機のロータが運動エネルギーを出し入れしたかのような電力応答を人工的に作り出す技術である。

この制御には大きく二つの狙いがある。第一に、電源脱落直後の初期RoCoFを、系統の保護装置や他の発電機が安全に追従できる範囲まで抑えること。第二に、周波数が最も落ち込む点(周波数ナディア)を、負荷遮断や発電機解列が起きる閾値より手前で止めることである。

制御アルゴリズムとしては、周波数の変化に応じて出力を調整するだけの「グリッドフォロー型」の延長線上にある手法もあれば、インバータ自体が電圧源として振る舞い、同期発電機の動特性を数式レベルで模倣する「グリッドフォーミング型」、その中でも特に同期機の運動方程式を明示的に模擬するVSG(Virtual Synchronous Generator、仮想同期発電機)制御と呼ばれる方式もある。グリッドフォーミング制御は、慣性の弱い系統や、同期発電機を持たない離島・海洋上のプラットフォームでも安定して電圧・周波数を維持できる可能性があるとして、研究開発が進められている。

6. 実際に起きた周波数事故から学ぶ

系統慣性の低下がもたらすリスクは理論だけの話ではなく、実際に検証された大停電事故がある。

2016年9月28日、南オーストラリア州大停電:暴風雨による送電線の連続的な事故がきっかけとなり、複数の風力発電所が電圧擾乱に対する保護設定(一定時間内に複数回のライドスルーを経験すると再起動を制限する設定)によって相次いで出力を絞った。これによりインターコネクター(州間連系線)の潮流が過負荷になって解列し、州内のほぼ全域、約85万件の需要家が停電した。豪州の系統運用者AEMOの最終報告書は、当時の南オーストラリア州が同期発電機の稼働台数が少なく系統慣性が低い状態にあったため、電源脱落に対する周波数低下速度が、低周波数負荷遮断(UFLS)の整定が周波数の落ち込みを47Hz以上で食い止められる速さを上回ってしまったと結論づけている。AEMOはこの事故を受けて、非同期電源(風力・太陽光)の比率が高まる系統では、慣性や周波数調整力を同期発電機だけに頼らない設計が必要だと提言した。

2019年8月9日、英国大停電:落雷をきっかけに、ホーンジー洋上風力発電所(約737MW)とリトル・バーフォードのガス火力発電所(約244MW)がほぼ同時に系統から脱落した。この主要な脱落に加え、周波数変化率(RoCoF)を検知して保護動作する分散型発電設備(embedded generation)が追加で約350MWの出力を失い、系統全体では累計で1,878MWにのぼる発電喪失が生じた。系統周波数は48.8Hzまで低下し、低周波数負荷遮断(LFDD)の第1段階が作動して約973MW・100万件以上の需要家が自動的に切り離された。系統周波数自体は落雷から4分42秒で正常範囲に復旧し、切り離された需要家も45分以内にほぼ全て復旧したが、単一の落雷という比較的よくある事象が、複数の発電設備の同時脱落と保護動作の連鎖を通じて広範囲の停電につながった事例として、英国の規制当局とNational Grid ESOによって詳細に検証されている。

両事故に共通するのは、単一の原因(南オーストラリアでは風力の保護設定、英国では落雷)そのものよりも、その後の連鎖を止めるだけの慣性・調整力の余裕が系統になかった、あるいは保護装置の連鎖的な動作が被害を広げたという点である。慣性は「事故を起こさない」仕組みではなく、「事故が起きたときに被害を致命的にしない」ための時間的な余裕を作る仕組みである、という理解が両報告書に共通している。

7. 現行技術と研究の焦点

  • 慣性の計測・可視化:系統全体の実効的な慣性量をリアルタイムに推定する研究が進んでいる。慣性は発電機の稼働状況によって刻々と変化するため、固定値として扱えない。
  • グリッドフォーミングインバータの標準化:蓄電池・洋上風力・太陽光インバータに、電圧源として振る舞う制御を義務づけるグリッドコードの検討が各国で進んでいる。
  • 同期調相機の再評価:発電を伴わずに慣性と短絡容量だけを供給する同期調相機を、退役した火力発電所の跡地などに設置する動きがある。
  • 需給調整市場の商品設計の見直し:慣性・周波数維持力そのものを独立した市場商品として調達する制度設計が、日本を含む各国で議論されている。
  • 保護協調の再設計:RoCoFを検知して解列する分散型発電設備の保護設定が、かえって連鎖的な停電を引き起こしうることが2019年の英国事故で明らかになり、保護整定の見直しが各国で進められている。

まとめ:慣性は「見えない備蓄」

系統慣性は、目に見える発電設備ではなく、同期発電機の回転体が持つ運動エネルギーという「見えない備蓄」である。この備蓄が減っていく過程で周波数をどう守るかは、一次〜三次調整力という時間軸に応じた制度設計と、合成慣性・グリッドフォーミングという技術的な代替策の両輪にかかっている。

ある系統・事故のニュースを読むときは、次を確認するとよい。

  1. その時点での同期発電機の稼働状況(≒系統慣性)はどの程度だったか。
  2. 発電喪失に対して、RoCoFと周波数ナディアはどこまで落ち込んだか。
  3. 一次〜三次調整力、あるいは合成慣性・グリッドフォーミングのうち、何が実際に応答したか。
  4. 保護装置の連鎖動作が、被害の拡大要因になっていないか。

この四つを押さえれば、「再エネが増えると系統が不安定になる」という漠然とした言説を、慣性・調整力・保護協調という具体的な要素に分解して読み解ける。

理解を確かめる
慣性が大きいと周波数は元の値へ自動で戻る?

慣性は急な変化を緩めるが、持続的な需給差を解消しない。周波数を戻す調整力と区別する。

参考資料

現在の項目 · 12 / 15 · 電力工学入門

次に読む

前提を確認する揚水発電・水素貯蔵入門 — 数時間から季節をまたぐ大容量貯蔵をどう使い分けるかシリーズの次の内容へ進む電力系統の需給変動をブラウザで試す同じ分野を別の観点から読む電力用電池入門 — セルの化学から系統用蓄電池・BMSまで