太陽光や風力が増えるほど、電力系統には「今すぐの数秒」だけでなく「今日の夕方」「今週の悪天候」「季節をまたぐ需要」という、性質の異なる複数の時間軸のずれが生じる。リチウムイオン電池はkWとkWhを独立に設計しやすく、数分から数時間の調整には強い(電池の基礎は電力用電池入門を参照)。しかし電池だけで数日から季節単位のエネルギーを貯めようとすると、必要な容量が急激に大きくなり、コストが見合わなくなる。この長い時間軸を埋めてきたのが揚水発電であり、近年その先の担い手として注目されているのが水素である。本稿では、水力タービンの基礎物理そのものは水力発電入門に譲り、揚水発電と水素貯蔵を「エネルギーを貯めて、後で電気に戻す」という一つの問題として並べて比較する。

30秒で分かる結論

1. 「長時間貯蔵」という問題を時間軸で整理する

再生可能エネルギーの変動は、一つの時間スケールでは語れない。雲の通過による数分の変動、日没に伴う夕方の需要増と太陽光減少が重なる数時間のランプ、低気圧の停滞による数日の風況不足、季節ごとの日照・降水パターンの違いという具合に、扱う時間軸によって必要な貯蔵の性質が変わる。

時間スケール 典型的な課題 相性のよい貯蔵技術
秒〜分 周波数調整、瞬時の需給差 リチウムイオン電池、フライホイール
時間〜半日 太陽光の夕方シフト、ピークカット リチウムイオン電池、揚水発電
日〜週 悪天候の継続、複数日の風況不足 揚水発電(大容量池)、水素
週〜季節 季節的な需給ギャップ 水素(大量・長期の貯蔵媒体)

電池は出力(kW)と容量(kWh)をセル数で比較的自由に設計できるが、容量を伸ばすほどコストがほぼ比例して増える。揚水発電と水素は、エネルギーを「水の位置エネルギー」や「水素分子の化学エネルギー」という形で貯めるため、貯蔵容量を増やす費用の伸び方が電池とは異なる構造を持つ。これが、両者が長時間貯蔵の主役になりうる理由である。

2. 揚水発電 — 確立した大容量貯蔵をおさらいする

揚水発電の基本原理と水車の物理は水力発電入門で扱った通りである。ここでは貯蔵技術としての性能に絞って要点を整理する。

貯められるエネルギー量は、水量V、有効水頭H、総合効率\etaを用いて

E\simeq\rho g V H\eta

で見積もれる。電池のkWhに相当する容量は上池・下池の有効貯水量と落差で決まり、出力(kW)はポンプ・水車と発電電動機の定格で決まる。この二つを独立に設計できる点は電池と共通するが、揚水発電では地形と水利権という制約が容量設計の前提になる。

往復効率(充電にあたる揚水と放電にあたる発電を一巡させたときに戻ってくる電力の割合)は、ポンプ効率・水車効率・発電電動機効率・配管損失を積み重ねたものであり、実測ではおおむね70〜87%の範囲、中心的な値として80%前後とされる。これは長期間の運転実績に基づく成熟した数値であり、リチウムイオン電池の往復効率と同程度かやや低い水準にある。

固定速のポンプ水車は、揚水運転中の消費電力がほぼ一定になるため、余剰再生可能エネルギーが中途半端な量のときに追従しにくい。可変速揚水はパワーエレクトロニクスで回転速度を連続的に変え、揚水電力を細かく調整できるようにした技術であり、周波数低下時にはすばやく揚水量を絞ることで、発電出力を増やすのと同じ方向の系統支援を行える。日本国内では、群馬県の神流川発電所(東京電力)が世界最大級の揚水式発電所として知られ、有効落差653m、単機出力47万kWの発電電動機を計画上6台備える設計で、全機稼働時の最大出力は282万kWにのぼる。現時点では1・2号機が運転を開始しており、稼働中の最大出力は94万kWである。可変速化や大容量化を含む揚水発電の技術詳細は、水力発電入門の該当節を参照されたい。

揚水発電のエネルギー往復余剰電力での揚水と、需要時の発電という往復のエネルギーの流れを示す図 上池 下池 可逆ポンプ水車 +発電電動機 発電:上→下 揚水:下→上(余剰電力) 系統(往復効率 約80%)

図1 — 揚水発電は上池・下池の水を往復させ、可逆ポンプ水車で揚水と発電を切り替える。往復効率はおおむね70〜87%、中心的には80%前後である。

3. 水素による長時間貯蔵 — 電気を分子に変えて貯める

水素貯蔵の基本発想は、余剰電力で水を電気分解(電解)して水素を作り、圧縮・液化・地下貯留などの形で貯め、必要なときに燃料電池や水素専焼・混焼のガスタービンで再び電気に戻すというものである。この一連のプロセスはPower-to-Gas-to-Power(P2G2P)と呼ばれる。太陽光・風力など再生可能エネルギー由来の電力で作った水素は「グリーン水素」と呼ばれ、製造工程でのCO_2排出が小さいことが特徴である。

電解槽の種類には、アルカリ水電解、固体高分子形(PEM)水電解、より高温で動作する固体酸化物形(SOEC)などがある。アルカリ水電解は大容量化と実績で先行し、PEMは応答性に優れ変動する再エネ電力との相性がよいとされる。作った水素は高圧ガス、液化水素、あるいはアンモニアなど別の化学形態に変換して貯蔵・輸送されることもある。

再変換側では、固体高分子形燃料電池(PEFC)や固体酸化物形燃料電池(SOFC)で発電するほか、大容量では水素を燃料とするガスタービンでの発電も検討されている。電解と再変換を合わせた往復効率は、単純な構成(電解効率80%程度×燃料電池効率60%程度)ではおよそ48%程度にとどまり、システム全体では文献によって28〜52%程度と幅のある報告がされている。より高度な電解槽や固体酸化物形システムの組み合わせでは60%台、将来的な高効率システムでは80%を超える可能性を示す研究もあるが、現状の主流構成では揚水発電よりも往復効率が低いというのが実情である。

日本国内の代表的な実証拠点が、福島県浪江町に2020年3月に開所した福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)である。20MWの太陽光発電設備と、世界最大級とされる10MWクラスのアルカリ水電解装置(定格出力6MW、最大消費電力10MW)を組み合わせ、定格運転時には毎時1,200Nm^3の水素を製造できる。これは燃料電池自動車(FCV)約560台分の充填量に相当するとされ、再生可能エネルギーの余剰電力を水素に変換し、貯蔵・利用する一連の技術を検証する実証施設として位置づけられている。

グリーン水素によるPower-to-Gas-to-Power再エネ電力による電解、水素貯蔵、燃料電池による再変換の一方向の流れを示す図 再エネ余剰電力 電解槽効率 約70〜80% 水素貯蔵高圧・液化・地下 燃料電池/水素タービン 系統 往復効率(電解×貯蔵×再変換)はおおむね30〜50%台

図2 — 水素は電気を分子の形に変えて貯める。電解と再変換それぞれに損失があるため、揚水発電より往復効率は低いが、貯蔵媒体と発電設備を分けて設計できるため長期・大量の貯蔵に向く。

4. 二つの技術を並べて比較する

項目 揚水発電 水素貯蔵(P2G2P)
往復効率の目安 約70〜87%(中心約80%) 約30〜50%台(構成により幅がある)
得意な時間スケール 時間〜数日 日〜季節(長期・大量貯蔵)
立地制約 上池・下池の高低差と用地が必須 電解槽と貯蔵タンクは比較的自由に配置可能
応答速度 秒〜分(可変速機ならより高速) 電解槽・燃料電池の起動特性に依存
技術成熟度 成熟(数十年の商用運転実績) 実証・スケールアップの段階
副次的な用途 同期調相運転、ブラックスタート 産業用水素・輸送用燃料としての多用途性

効率だけを見れば揚水発電が優れているが、それは「適した地形がある場合」という条件付きの優位性である。水素は効率で劣る代わりに、平地や既存インフラの多い地域でも展開でき、電力以外の用途(産業原料、燃料電池車、将来的な燃料利用)とも共有できる汎用性を持つ。どちらか一方が他方を置き換えるという構図ではなく、地形・需要・既存インフラの条件に応じて役割を分担する関係にあると捉えるのが実務的である。

5. 系統からはどう見えるか

系統運用の観点では、揚水発電も水素貯蔵も「発電所」ではなく「時間をずらす装置」である。周波数調整のような秒〜分単位の応答は、応答速度に優れる電池や可変速揚水が担いやすい。数時間から数日単位のエネルギーシフトは、往復効率で優位な揚水発電が担いやすい。そして、悪天候が数日続く場合や季節をまたぐ需給ギャップのように、電池や揚水の貯蔵容量だけでは埋めきれない長期の変動に対しては、水素のような分子貯蔵が候補になる。

需給調整市場のような制度設計においても、対象とする応答時間ごとに異なる調整力の商品区分が用意されており、貯蔵技術の得意な時間スケールと市場の商品設計を対応させることが、それぞれの技術を最大限に活かす鍵になる。この市場制度の詳細は、VPP(バーチャルパワープラント)入門および系統慣性・周波数調整入門で扱う。

まとめ:効率と立地のトレードオフを見る

揚水発電は、確立した技術と高い往復効率を武器に、時間〜数日単位のエネルギーシフトを担ってきた。水素は効率でこそ劣るものの、貯蔵媒体を発電設備から切り離せる柔軟性によって、揚水発電が届きにくい長期・大量の貯蔵や、電力以外の用途への展開余地を持つ。

ある大容量貯蔵プロジェクトを評価するときは、次を確認するとよい。

  1. 対象としている時間スケールは、時間単位か、日単位か、季節単位か。
  2. 往復効率は、揚水発電と比べてどの程度の水準か。
  3. 立地条件(地形、用地、既存インフラ)にどれだけ依存する設計か。
  4. 電力以外の用途(産業利用、燃料としての利用)と価値を共有できるか。

この四点を押さえれば、揚水発電と水素貯蔵を「新旧の対立」ではなく、時間軸に応じた補完関係として読み解ける。

参考資料

#揚水発電 #水素貯蔵 #グリーン水素 #エネルギー貯蔵 #電力工学