光学技術を祖業に持つキヤノン・ニコン・オリンパスは、その後まったく異なる道をたどった。キヤノンはカメラと事務機器の総合メーカーへ、ニコンは半導体露光装置に活路を求め、オリンパスはカメラ事業を手放して医療機器専業に転換した。企業規模の差、そして3社が今どの戦場で世界と戦っているかを検証する。

軟性内視鏡の例(独カールストルツ製、オリンパス製ではない一般的な参考写真)軟性内視鏡(参考例)

画像: キヤノンロゴ(パブリックドメイン、商標権は別途存在) / 軟性内視鏡(Kalumet, CC BY-SA 3.0)、Wikimedia Commons。内視鏡の写真はドイツ・カールストルツ社製で、本文で扱うオリンパス製品そのものではなく、軟性内視鏡一般のイメージ。

企業の歴史: レンズ研究所、造船由来の光学計器メーカー、体温計から出発した精機メーカー

キヤノンの起源は1933年、東京・六本木のアパートの一室に開設された精機光学研究所にさかのぼる。国産初の35mmフォーカルプレーンシャッターカメラの試作機「KWANON」を経て、1934年に「ハンザキヤノン」を発売し、1937年8月10日に精機光学工業株式会社として法人設立された。カメラメーカーとして出発した後、1950〜60年代に複写機・電卓事業へ進出し、1980年代以降はレーザービームプリンター用半導体レーザー技術を核に事務機器・産業機器へと多角化を進め、現在では医療機器(キヤノンメディカルシステムズ、後述)まで手がける総合精密機器メーカーとなっている。

ニコンは1917年7月、東京計器製作所の光学計器部門と岩城硝子製造所の反射鏡部門を統合し、三菱財閥の岩崎小彌太の出資により日本光学工業株式会社として設立された。設立当初から測距儀・双眼鏡など軍需光学機器の国産化を目的とし、1933年以降の軍需増産で1945年終戦時点では2万5,000人・20工場を抱える巨大企業に膨張していた。戦後は民生転換を進め、カメラ(1948年「ニコンI型」)と半導体露光装置(1980年、日本初の縮小投影型露光装置「NSR-1010G」)の2本柱で成長したが、その後の展開は対照的な明暗を分けることになる(後述)。

オリンパスは1919年、山下長が東京・渋谷区幡ヶ谷に高千穂製作所として創業し、当初は体温計や顕微鏡など理化学計器を手がけた。1923年に体温計事業を売却して得た資金を顕微鏡事業に集中投資し、1936年にはカメラ事業にも進出して初代機「セミオリンパスI」を発売した。社名は「高千穂製作所」(1919)→「高千穂光学工業」(1942)→「オリンパス光学工業」(1949)→「オリンパス」(2003)と変遷している。2020年6月にカメラを含む映像事業の投資ファンド日本産業パートナーズへの譲渡を発表し、2021年1月1日付でOMデジタルソリューションズへ承継を完了、さらに2022年8月には祖業である顕微鏡・科学計測機器事業(エビデント)を約4,276億円で米ベインキャピタルへ売却(2023年4月完了)し、医療機器専業体制への転換を完結させた。

企業規模の比較(時系列): 3社3様の決算期

3社は決算期がそれぞれ異なるため(キヤノンは12月期、ニコン・オリンパスは3月期)、各社ごとに直近5期の推移を示す。

キヤノン(12月期)

決算期 売上高 営業利益
2021年12月期 約3兆5,000億円(前期比+11%) 約1,980億円(前期比+79%)
2022年12月期 4兆314億円(前期比+15%、5年ぶり4兆円台回復) 3,533億9,900万円(前期比+25%)
2023年12月期 4兆1,809億円 3,753億6,600万円
2024年12月期 4兆5,098億2,100万円(前期比+7.9%) 2,797億5,400万円(前期比-25.5%)
2025年12月期 4兆6,247億円(前期比+2.5%、2期連続最高売上) 4,553億9,000万円(前期比+62.8%)

ニコン(3月期)

決算期 売上収益 営業利益
2022年3月期 5,396億円(前期比+20%) 499億3,400万円(黒字転換)
2023年3月期 6,281億円 549億800万円
2024年3月期 7,172億円(前期比+14.2%) 397億7,600万円(前期比-152億円)
2025年3月期 7,152億8,500万円 24億2,200万円
2026年3月期 6,771億6,300万円(前期比-5.3%) -1,124億4,800万円(営業損益は赤字転落)

2026年3月期は最終損益も850億円の赤字(5年ぶり、過去最大)となった。金属3Dプリンター事業の減損損失(のれん・無形資産等で約906億円)が主因である(後述)。

オリンパス(3月期)

決算期 売上高(売上収益) 営業利益(IFRS事業利益)
2022年3月期 8,688億6,700万円 1,538億9,800万円
2023年3月期 8,819億2,300万円(前期比+18%) 1,866億900万円(前期比+21%、営業利益率21.2%で目標達成)
2024年3月期 9,362億1,000万円(前期比+6.2%) 513億8,700万円(前期比-72.5%、市場是正措置・減損等が影響)
2025年3月期 9,973億3,200万円 1,624億6,200万円(調整後営業利益1,885億円、利益率18.9%)
2026年3月期 1兆106億7,600万円(前期比+1.3%、初の1兆円超え) 971億2,000万円(前期比-40.2%、調整後営業利益1,433億円・前期比-24%)

※本節の数値はいずれも各社決算短信・決算説明資料および日本経済新聞等の報道でクロスチェック済み。ニコンの売上収益は、財務データ集計サイトの一部で一桁少ない数値(例: 2022年3月期を「539億円」とする等)が見られたが、日経の決算報道記事(「ニコンが発表した2022年3月期の連結決算は、売上収益が前期比20%増の5396億円」)で確認した数値をここでは採用している。

指標 キヤノン ニコン オリンパス
連結従業員数 165,547人(前期比-2.8%) 20,069人(2025年3月時点) 29,297人(2025年3月時点)

直近の売上高規模ではキヤノンが突出しており、オリンパスの約4.6倍、ニコンの約6.8倍に達する。これは、キヤノンがカメラだけでなくプリンター・複合機・医療機器(キヤノンメディカルシステムズ)まで幅広い事業を抱える総合メーカーであるのに対し、ニコンはカメラと精密機器(半導体露光装置等)に、オリンパスは医療機器に、それぞれ事業を絞り込んでいるという構造の違いを反映している。5期の推移を見ると、キヤノンとオリンパスがおおむね右肩上がりで成長する一方、ニコンは2024年3月期をピークに急速に収益性が悪化しており、3社の対照はこの5年間でむしろ拡大している。

3社3様の現在地と主力製品の比較

カメラ: レンズ交換式で首位キヤノン、国内3位に後退したニコン

キヤノンは、レンズ交換式デジタルカメラで22年連続世界シェア首位(2023年時点46.5%、2位ソニー27.9%、3位ニコン11.3%)を維持しており、カメラ事業では最も安定した地位を築いている。ニコンはカメラ事業でも国内3位に後退しており、2025年には富士フイルムにも抜かれ4位に転落したとの調査も報じられている。オリンパスは前述の通り2021年にカメラ事業を売却しており、3社の中で唯一カメラ市場から退出した企業である。

半導体露光装置: 「後工程」で健闘するキヤノン、最先端で一人負けのニコン

2000年代にはキヤノンとニコンを合わせて世界シェア8割を握る「装置の帝王」だった日本勢だが、その後オランダのASMLが極端紫外線(EUV)露光技術を独占し、最先端の前工程(プロセッサ・メモリの微細化)向け市場ではASMLが2024年時点で94.1%、ニコン2.5%、キヤノン3.4%という一強状態になっている。しかし戦線を「後工程」(パワー半導体・センサー等の非最先端プロセス向け)に移すと様相が変わる。i線露光装置の後工程向け市場では、2024年にキヤノンが74.6%までシェアを拡大した一方、ASML18.0%・ニコン7.4%はともにシェアを落としている。キヤノンは2026年9月に宇都宮の半導体製造装置新工場を稼働させ、2021年比で約2倍となる年間販売台数300台超の生産体制を構築する計画で、後工程市場での優位を武器に業界標準としての地位を固めようとしている。一方のニコンは、2026年3月期に過去最大の最終赤字(850億円)を計上する苦境の中、2026年4月に就任した大村泰弘社長のもとで、大手半導体メーカーとの共同開発によるArF液浸露光装置の新製品を2029年3月期にプロトタイプ出荷する計画を掲げ、巻き返しを図っている。

医療機器: オリンパスの内視鏡、キヤノンメディカルのCT・MRI

オリンパスは、消化器内視鏡を中心とする医療機器専業メーカーへと完全に転換した。消化器内視鏡の世界市場は、日本のオリンパス・富士フイルム・ペンタックス(HOYA)の3社で9割以上を占め、その中でもオリンパスは単独で約7割のシェアを持つ圧倒的首位に立っている。福島県会津若松市の会津オリンパスを主力工場に、白河オリンパス・青森オリンパス等の工場網で内視鏡を生産する体制を敷いている。かつて競合していたキヤノンとも、近年は内視鏡分野で協業する関係に転じている。

一方キヤノンは、東芝から買収した子会社キヤノンメディカルシステムズを通じてCT(コンピューター断層撮影装置)・MRI(磁気共鳴断層撮影装置)・超音波診断装置を手がけ、世界150以上の国・地域に画像診断装置を供給している。メディカル事業の売上高を2020年12月期比で約1.5倍の6,000億円超に引き上げる目標を掲げ、国内のCT販売では首位級の地位にある。ニコンも顕微鏡・バイオサイエンス分野で再生医療関連の機器を手がけていたが、2023年に祖業である科学事業(顕微鏡等)をエビデントとして分離・売却しており、3社の中で医療・ライフサイエンス分野への関与が最も限定的になっている。

同じ「光学技術」を祖業に持ちながら、キヤノンは総合力で規模を追求し、ニコンは主戦場だった2つの事業領域(カメラ・半導体露光装置)双方で外部環境の激変に苦しみ、オリンパスは事業を大胆に絞り込んで内視鏡で圧倒的シェアを確保した。対照的な3つの道である。

開発・製造拠点

3社とも本社は東京都内に構えるが、キヤノンは栃木・大分に光学機器・半導体製造装置の生産拠点を、ニコンは茨城(半導体露光装置)・宮城(カメラ)に、オリンパスは福島県内(会津若松・西郷村)に内視鏡工場を集積させている。判明する国内拠点を地図に示す(海外拠点は対象外)。

出典: 各社公式サイトの拠点情報・工場紹介ページに掲載の拠点名をもとに、住所は地図情報サービス(マピオン・NAVITIME等)で個別に確認。座標はOpenStreetMap Nominatimによる町丁目単位(会津オリンパスのみ施設名検索)のジオコーディング。

事業戦略・今後の展望: キヤノンの拡大、ニコンの取捨選択、オリンパスの選択と集中

キヤノンは2026年1月、2026〜2030年度を対象とする「グローバル優良企業グループ構想Phase VII」を発表した。2025年12月期の売上高4兆6,247億円からさらなる拡大を目指し、傘下のキヤノンマーケティングジャパングループも2030年に売上高7,500億円・営業利益660億円を掲げるなど、ITソリューション事業とメディカル事業を成長エンジンに据えた拡大路線を継続する方針である。前述の宇都宮新工場による半導体製造装置の増産投資も、この拡大戦略の一環に位置づけられる。

ニコンは、2026年4月に就任した大村泰弘社長のもとで、2031年3月期を最終年度とする新たな中期経営計画を策定し、半導体露光装置と金属3Dプリンターを重点分野に位置づけて資本を集中投下する方針を打ち出した。大村氏は「企業価値につながる事業を取捨選択しながら、成長投資余力を生む」と述べており、2031年3月期に営業利益800億円・ROIC7%・ROE10%の達成を目標に掲げる。2026年3月期の過去最大赤字の主因となった金属3Dプリンター事業の減損は、裏を返せばこの事業を含めた事業ポートフォリオの総点検が完了したことも意味し、大村体制はここからの再建に懸かっている。

オリンパスは、2021年のカメラ事業売却、2023年の科学事業(顕微鏡等)売却を経て、内視鏡事業(ESD)と治療機器事業(TSD)の2事業に経営資源を集中する「グローバル・メドテックカンパニー」への転換を完了した。2027年3月期には売上高1兆550億〜1兆760億円、営業利益1,365億〜1,555億円(前期比+40.5%〜60.1%)という増収増益目標を掲げており、2026年3月期に業績を圧迫した米国FDA関連の輸入警告・自主的出荷停止(影響額約300億円)からの回復を主軸に据えている。3社の中で唯一「規模を追わず利益率を追う」道を選んだオリンパスの戦略は、今後の医療機器市場での成長性が試される局面にある。

参考リンク

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