裾野の広い基幹産業である自動車産業は、電動化・自動運転という100年に一度の技術転換のただ中にある。国内大手のトヨタ自動車・ホンダ・日産自動車は企業規模で明暗がくっきりと分かれ、次世代電池技術「全固体電池」の開発競争でも異なる立ち位置を取る。

トヨタ自動車ロゴトヨタ自動車
ホンダロゴホンダ

画像: トヨタ自動車ロゴ / ホンダロゴ(いずれもパブリックドメイン、商標権は別途存在)、Wikimedia Commons。日産自動車については著作権基準を満たす形でCommonsに登録されたロゴ画像が見つからなかったため、本文中での言及にとどめる。

企業の歴史: 織機からの多角化、バイク修理業からの独立、ダットサンの系譜

3社の出自は、いずれも戦前にさかのぼるが、経路は大きく異なる。トヨタ自動車の起点は、豊田佐吉が興した織機事業を父に持つ豊田喜一郎が、1933年9月に豊田自動織機製作所の社内に自動車部を設置し、輸入したシボレー車を分解調査したことにさかのぼる。1937年8月28日、この自動車部を分離・独立させる形でトヨタ自動車工業株式会社が設立され、1938年11月3日の挙母工場(現・本社工場)竣工日が創立記念日に定められている。織機事業で培った量産技術と資金を土台に、自動車事業へ参入したのがトヨタの出発点である。

ホンダ(本田技研工業)は、鍛冶屋の家に生まれた本田宗一郎が1928年に浜松で自動車修理業「アート商会浜松支店」を開業したのが源流である。1937年に興した東海精機重工業(ピストンリング製造)を戦後まもなく豊田側へ譲渡した後、1946年10月に本田技術研究所を個人創業し、旧陸軍無線機用発電エンジンを転用した自転車用補助エンジンの製造販売から再起、1948年9月24日に本田技研工業株式会社を設立した。1949年に完成車第1号「ドリームD型」を投入し、エンジン単体メーカーから完成車メーカーへ転換している。

日産自動車の系譜は最も複雑で、1911年に橋本増治郎が設立した快進社自動車工場が源流の一つである。快進社は出資者の頭文字(田・青山・竹内)から「DAT(ダット)」を名乗る乗用車を開発したが経営難に陥り、後継の「ダット自動車製造」に事業が引き継がれた。日産コンツェルンを率いた鮎川義介が、このダットサンの製造権を大規模化すべく1933年12月に「自動車製造株式会社」を神奈川県横浜市に設立し、1934年に「日産自動車株式会社」へ改称したのが直接の起点である。3社を比べると、トヨタは既存事業(織機)からの多角化、ホンダは個人の技術者による起業、日産は複数企業の統合という、それぞれ異なる成立過程を経ている。

企業規模の比較: 過去5期の推移

単年度の数値だけでなく、直近5期(2022年3月期〜2026年3月期、3社とも決算期は3月で統一)の推移で見ると、3社の明暗がより鮮明になる。

決算期 トヨタ 売上高 トヨタ 営業利益 ホンダ 売上収益 ホンダ 営業利益 日産 売上高 日産 営業利益
2022年3月期 31兆3,795億円 2兆9,956億円 14兆5,526億円 8,712億円 8兆4,245億円 2,473億円
2023年3月期 37兆1,542億円 2兆7,250億円 16兆9,077億円 7,808億円 10兆5,966億円 3,771億円
2024年3月期 45兆953億円 5兆3,529億円(過去最高) 20兆4,288億円 1兆3,819億円 12兆6,857億円 5,687億円(過去最高)
2025年3月期 48兆367億円 4兆7,955億円(減益) 21兆6,887億円 1兆2,134億円 12兆6,332億円 698億円(急減益)
2026年3月期 50兆6,849億円(過去最高) 3兆7,662億円(3期連続減益) 21兆7,966億円 ▲4,143億円(赤字転落) 12兆78億円 580億円(低水準続く)
指標 トヨタ自動車 ホンダ 日産自動車
連結従業員数(2026年3月期) 390,927人 195,109人 120,079人(前期比-12,711人、大規模リストラ進行中)
特記事項 日本企業として初の売上高50兆円超、営業利益は3期連続で減少 EV戦略見直しに伴う損失計上で営業赤字に転落 2年連続の巨額最終赤字、17工場を10工場へ再編中

トヨタは5期を通じて売上高を伸ばし続け、2024年3月期には営業利益が過去最高の5兆3,529億円に達したが、その後は米国関税の影響(2026年3月期だけで約1兆4,000億円の押し下げ)もあり3期連続の減益となっている。それでも2026年3月期に日本企業として初めて売上高50兆円を突破するなど、規模の拡大自体は続いている。ホンダは2024年3月期に営業利益1兆円超を記録したが、2026年3月期にEV戦略の見直しに伴う損失(最大2兆5,000億円規模と公表)を計上し、4,143億円の営業赤字に転落した。日産は2024年3月期に過去最高の5,687億円を記録した後、2025年3月期に698億円へと9割近い急減益となり、2026年3月期も580億円の低水準にとどまっている。3社とも2024年3月期をピークに悪化するという共通のパターンを描いているが、悪化の震源はそれぞれ異なり、トヨタは外部要因(関税)、ホンダは自社のEV戦略の誤算、日産はより構造的な販売不振・コスト競争力の低下に起因している。

主力事業の比較: 生産体制の再編とEV戦略の温度差

2026年3月期の決算で明暗が分かれた背景には、各社の生産体制・電動化戦略の違いがある。

項目 トヨタ自動車 ホンダ 日産自動車
国内生産拠点の方向性 豊田市周辺・田原市・東北の拠点網を維持しつつ「モビリティカンパニー」への転換を推進 2024年に埼玉・狭山工場を閉鎖し寄居・鈴鹿・四日市の3拠点体制に集約済み 「Re:Nissan」計画のもとグローバル17工場を10工場に再編中、追浜工場は2027年度末で車両生産終了予定
EV/電動化戦略の現在地 HEV・BEV・FCEV・PHEVを併売する「全方位戦略」を継続、電動車販売は年間500万台超 2026年3月に北米向けBEV3車種(Honda 0 SUV/Saloon、Acura RSX)の開発・発売中止を発表、EV投資を圧縮しHEV強化へ回帰 経営再建下でも次世代EVプラットフォームと全固体電池開発は継続、e-POWERで当面のハイブリッド需要を確保
象徴的な出来事 2026年3月期に日本企業として初の売上高50兆円突破 2026年3月に最大2兆5,000億円規模のEV関連損失を公表 2025年5月に7工場閉鎖・2万人規模の人員削減を含む再建計画「Re:Nissan」を発表

トヨタは電動車のパワートレインを一つに絞らず、HEV・BEV・FCEV・PHEVを市場ごとの需要に応じて併売する「全方位戦略」を貫き、2026年3月期には電動車の年間販売が500万台を超えた。一方でホンダは、北米向けに計画していたBEV3車種の開発・発売を中止し、次世代ハイブリッド車の強化とコスト競争力の立て直しを優先する方向へ舵を切った。日産は経営再建の渦中にありながらも、後述する全固体電池や次世代EVプラットフォームの開発リソースは維持しつつ、当面の収益は「e-POWER」を中心としたハイブリッド車で確保するという、生き残りのための現実的な選択を取っている。生産拠点の再編で見ても、ホンダはすでに3拠点体制への集約を完了させているのに対し、日産は7工場閉鎖という大規模な再編のただ中にあり、両社の再編の進捗度には大きな差がある。

3社が競う「全固体電池」実用化レース

現行のリチウムイオン電池の限界(航続距離・充電時間・安全性)を突破する次世代技術として、電解質を液体ではなく固体にする「全固体電池」の実用化競争が、3社それぞれ異なるアプローチで進んでいる。

トヨタは2027〜2028年に全固体電池を搭載したEVを市場投入する計画を公式に表明しており、3社の中では最も早期の実用化を掲げる。長年培ってきた電池材料・生産技術の蓄積を背景に、量産化に向けた開発を進めている。

日産は2028年度の実用化を目標に、自社開発の全固体電池を追求している。横浜工場内に設置した試作生産ラインで開発を加速させており、2026年4月には実際の車両搭載を想定した規模(23層構造)まで大型化した電池セルでの性能検証を完了したと発表した。経営再建の渦中にありながらも、次世代電池の開発リソースは維持している。

ホンダは自社開発路線を掲げ、固体電解質を緻密化する工程に独自の「ロールプレス方式」を採用することで、生産性向上と電極界面の密着性確保を同時に狙うという技術的特徴を持つ。2020年代後半の市場投入を目指し約430億円を投資、栃木県さくら市に全固体電池生産のパイロットラインを建設し、2025年から実証生産を開始している。

なお日産は、モーター・インバーター・減速機・発電機・増速機の5つの主要部品を1つのユニットにモジュール化した第3世代「e-POWER」(2025年以降順次投入)により、軽量化・小型化・高剛性化を図るなど、全固体電池だけでなくハイブリッド技術でも独自の改良を続けている。

業績面では明暗が分かれた3社だが、次世代電池という長期的な技術競争においては、経営体力に関わらずどの会社も歩みを止めていない。日本の自動車産業の技術的な底力を示す事実である。

開発・製造拠点

トヨタは愛知県豊田市周辺の拠点網を中核に東北(トヨタ自動車東日本)へ生産を展開し、ホンダは2024年の狭山工場閉鎖を経て埼玉・三重の3拠点体制に集約、日産は横浜の本社機能と全国の工場群を、再建計画のもとで再編している最中である。判明する主要な国内本社・工場を地図に示す(海外拠点・全ての関係会社工場は対象外)。

出典: トヨタ自動車・本田技研工業・日産自動車それぞれの公式サイト「事業所」「工場」ページに掲載の拠点名をもとに、住所は各社公式ページで確認できたものは一次情報、確認できなかったものは地図情報サービス(NAVITIME・Yahoo!マップ・マピオン電話帳等)で個別に確認した(その旨を正直に記載)。座標はOpenStreetMap Nominatimによる町丁目単位のジオコーディング(ホンダの小川エンジン工場は町丁目レベルの住所が確認できず、小川町の代表点で示している)。日産の追浜工場は2027年度末で車両生産を終了する予定であることが公表されている。

事業戦略・今後の展望: 「モビリティカンパニー」トヨタ、EV軌道修正のホンダ、再建途上の日産

2024年末から2025年初にかけて、ホンダと日産の間で経営統合に向けた協議が進められたが、2025年2月13日、両社は正式に統合検討の打ち切りを発表した。三菱自動車の参画意欲の低さや両社の企業文化の違いが背景にあるとされる。破談後も次世代車の頭脳となる車載OS・ECU(電子制御ユニット)を軸とした協業は継続しているが、資本統合という形での再編は当面見送られた形である。

トヨタ自動車は「モビリティカンパニー」への全社変革を掲げ、電動化・知能化・多様化の3つのアプローチを軸に据える。BEVについては2026年までに新たに10モデルを投入し、年間販売150万台を目指す計画を進めており、パナソニックとの新会社設立契約など、自動車の枠を超えた事業展開も進めている。2026年3月期に日本企業として初めて売上高50兆円を突破した実績を土台に、米国関税という逆風の中でも規模の拡大と事業領域の多角化を同時に進める方針である。

ホンダは2026年3月12日、四輪電動化戦略の見直しに伴い最大2兆5,000億円規模の損失が発生する可能性があると発表し、北米向けに計画していたBEV3車種(Honda 0 SUV、Honda 0 Saloon、Acura RSX)の開発・発売中止を決定した。三部敏宏社長は「複数シナリオを持っていなかった」と自ら戦略の誤算を認め、報酬の一部返上に踏み切っている。今後はEV投入を需要動向・収益性を見ながら長期的視点で進める方針に転換し、当面は次世代ハイブリッド車のラインアップ拡充とコスト競争力の強化によって四輪事業の収益改善を図るとしている。

日産自動車は2024年3月に発表した経営計画「The Arc」(2024〜2026年度、2026年度に2023年度比100万台増・営業利益率6%以上を目標)が未達に終わる見通しとなる中、より踏み込んだ再建計画「Re:Nissan」を打ち出した。グローバル17工場を10工場に集約し、生産能力を2024年度比で100万台削減して2027年度に250万台規模に抑える計画で、国内では追浜工場・湘南工場の閉鎖が既に決定している。「拡大より効率、台数より利益」を掲げるこの再建計画のもと、2万人規模の人員削減も進行中であり、前述の全固体電池開発など次世代技術への投資を維持しながら、まずは足元の収益構造の立て直しを最優先課題としている。

3社に共通するのは、電動化という同じ技術トレンドに直面しながらも、それぞれ全く異なる経営体力・タイミングでこれに対応せざるを得ない状況にあることである。トヨタは規模の優位を生かした全方位戦略、ホンダは行き過ぎたEVシフトからの軌道修正、日産は生存をかけた構造改革——2026年の日本自動車産業は、電動化競争と各社の経営体力の差が同時進行する局面にある。

参考リンク

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