都市ガス事業は長らく地域独占に近い供給網に守られてきたが、2017年の小売全面自由化と2022年の導管事業法的分離を境に、各社は自らの供給エリアの外へと攻勢を強めている。首都圏を地盤とする東京ガスは、売上高で関西圏を地盤とする大阪ガス(Daigasグループ)の1.4倍近い規模を持ちながら、従業員数では逆に大阪ガスに水をあけられるという逆転現象を抱える。両社は同じガス導管インフラの上に立ちながら、海外エネルギー事業・電力小売・不動産といった非ガス事業の組み方はまるで異なり、脱炭素の切り札に据える「メタネーション」技術の開発競争でも、宇宙技術由来のサバティエ反応と石油化学由来の触媒技術という対照的なアプローチを取る。

東京ガスロゴ東京ガス
大阪ガスロゴ大阪ガス

画像: 東京ガスロゴ / 大阪ガスロゴ(いずれもパブリックドメイン、商標権は別途存在)、Wikimedia Commons

企業の歴史: 渋沢栄一が育てた東京瓦斯、九条から出発した大阪ガス

東京ガスの起源は1874年(明治7年)、東京府が始めたガス事業にさかのぼる。利用者が伸びず経営が低迷していたこの事業は1876年に東京府ガス局に移管され、初代局長に就任した渋沢栄一の経営努力で軌道に乗った。渋沢は赤字のまま安価に払い下げることに反対して設備投資を続け、黒字化を実現したうえで、1885年(明治18年)10月1日、浅野総一郎らとともに資本金27万円の民間会社・東京瓦斯会社を創立する。渋沢はそのまま初代会長に就任し、以後22年間にわたってガス事業の基盤づくりを主導した。2025年に創立140周年を迎えた。

大阪ガスは1897年(明治30年)4月、大阪市西区九条大字岩崎(現・千代崎三丁目)に設立された。1902年に米国資本を導入したが、1925年には再び純粋な日本企業に戻っている。1905年(明治38年)10月に大阪市内でガス供給を開始し、1911年(明治44年)には和歌山ガスが操業を始めて供給圏を関西一円に広げた。都市ガスの原料転換という観点でも重要な節目があり、石炭・石油系原料からの製造を経て、1990年に天然ガス(LNG)への燃料転換を完了している。この石油系原料時代に培った触媒技術・プロセス設計のノウハウが、後述するメタネーション技術の土台になっている。

両社に共通する近年最大の制度的転換点が、2017年4月の都市ガス小売全面自由化と、2022年4月の導管事業の法的分離である。政府は2020年8月、東京ガス・大阪ガス・東邦ガスの大手3社を対象に、ガス製造・小売事業と導管事業の兼業を原則禁止し、導管部門の中立性を高める法的分離を義務付けた。これを受けて東京ガスは2022年4月1日付で「東京ガスネットワーク株式会社」を、大阪ガスは前年に設立した分割準備会社を経て同時期に「大阪ガスネットワーク株式会社」を、それぞれ導管専業会社として発足させている。地域独占に守られてきた供給網が制度的に開放され、両社は自社の牙城の外へ、そして海外エネルギー事業や非ガス事業へと成長領域を広げる局面に入った。

企業規模の比較: 過去5期の推移

決算期は両社とも3月期で揃っている。単年度の数値だけでなく直近5期(2022年3月期〜2026年3月期)の推移を追うと、両社の利益変動のタイミングが大きくずれていることが分かる。

決算期 東京ガス 売上高 東京ガス 経常利益 大阪ガス 売上高 大阪ガス 経常利益
2022年3月期 2兆1,548億円 1,365億円 1兆5,869億円 1,105億円
2023年3月期 3兆2,896億円(ピーク) 4,088億円(ピーク) 2兆2,751億円 756億円(ボトム)
2024年3月期 2兆6,624億円 2,228億円 2兆830億円 2,266億円(過去最高)
2025年3月期 2兆6,368億円 1,136億円(ボトム) 2兆690億円 1,896億円
2026年3月期 2兆8,347億円 1,937億円 2兆303億円 2,045億円
指標 東京ガス 大阪ガス
連結従業員数 15,572人(2025年3月31日時点) 21,404人
都市ガス販売量 111.75億m³(2026年3月期実績、前期比-0.4%) 66.92億m³(2027年3月期見通し、前期比+1.4%。実績値未取得のため計画値を参考掲載)

売上高では東京ガスが大阪ガスをおよそ1.4倍上回る一方、従業員数は逆に大阪ガスの方が多い。大阪ガスが不動産・情報通信・海外エネルギー事業など非ガス部門を幅広く抱え、労働集約的な事業の比率が相対的に高いことが一因とみられる。

より興味深いのは、5期の利益推移が両社でまったく逆位相を描いている点である。2023年3月期、東京ガスは経常利益4,088億円という過去にない水準を記録した一方、大阪ガスは同じ期に756億円まで経常利益を落としている。要因は明確で、円安・資源高が進んだこの年、東京ガスは長期契約中心の調達構造によって相対的に調達コストが安く済み、余剰LNGの転売益(トレーディング収益)と豪州資源開発事業の増益も重なって利益を押し上げた。対照的に大阪ガスは、原料費調整制度による販売単価への反映に数か月のタイムラグがあるため価格高騰の悪影響を先に受けたうえ、投資先である米フリーポートLNG基地で2022年6月に発生した火災による代替調達コストも重なり、減益となった。2024年3月期には大阪ガスの経常利益が2,266億円と過去最高に達する一方、東京ガスは調整局面に入るなど、資源価格変動の波及タイミングのずれが両社の決算を数期にわたって振り回している構図が読み取れる。2026年3月期の大阪ガスは、米フリーポートLNG基地・米国上流事業(サビン社)の好調に加え、保有していた米発電資産の売却益も加わり、純利益ベースでは過去最高を更新した。

主力事業の比較: LNG調達・海外エネルギー・電力小売・非ガス事業

都市ガス販売という本業に加え、両社は上流のLNG調達・海外エネルギー事業、電力小売、そして不動産・情報通信などの非ガス事業という3つの周辺領域で事業を組み立てている。ここでの戦略の違いが、前節で見た利益変動タイミングのずれにも直結している。

LNG調達・海外エネルギー事業: 東ガスはシェールガス開発、大阪ガスはLNG基地+上流の二正面

東京ガスは米テキサス州ヘインズビル地域を中心にシェールガスの開発・生産を行っており、開発・操業エリアを同地域に集約することで生産コストを抑え、日量1Bcfe以上のガス生産を安定的に続けている。2025年4月には、出資先の米子会社TG Natural Resources(TGNR)が米シェブロン社からテキサス州東部の天然ガス資産の70%を約5億2,500万ドルで取得し、シェールガス事業をさらに積み増した。LNG調達面でも、2030年から20年契約で米国産LNGを年100万トン調達する契約を発表しており、仕向地条件が緩い米国産LNGを転売しやすい形で確保する調達戦略を取っている。

大阪ガスは2019年、米フリーポートLNGプロジェクト(テキサス州)にJERAとともに参画し、同年12月の商業運転開始以降、液化処理契約に基づき年間約232万トンのLNGを購入する権利を得た。同じ2019年には、日本企業として初めて米国のシェールガス開発会社Sabine Oil & Gas Corporationを全株式取得し、テキサス州東部で約1,300km²の鉱区・約900坑井を保有する上流事業を米国事業の第三の柱に据えた(2021年時点の生産量はLNG換算で年間約280万トン相当)。フリーポートLNG基地(川下の液化・受給)とサビン社(川上の生産)を組み合わせた垂直統合型の事業構造は、前節で見た通り、2026年3月期の過去最高純利益の主因にもなっている。

電力小売事業: 東ガスが規模で先行、大阪ガスは急拡大を計画

電力小売販売量は東京ガスが2026年度計画で284.9億kWh(前連結会計年度比+7.4%、小売件数400万件超)、大阪ガスは2026年3月期計画で166.0億kWh(前期比+0.1%)である。東京ガスが規模で先行する一方、大阪ガスは2027年3月期に209.3億kWh(前期比+26.1%)まで積み増す計画を掲げており、電力小売を今後の成長領域として明確に位置づけている。

非ガス事業: 大阪ガスの「ライフ&ビジネスソリューション」、東京ガスの「都市ビジネス」

大阪ガスは事業領域を国内エネルギー事業・海外エネルギー事業・ライフ&ビジネスソリューション(LBS)事業の3本柱で整理しており、LBS事業には不動産の開発・賃貸、情報処理サービス、ファイン材料・炭素材製品の販売などが含まれる。分譲・賃貸マンション、オフィスビル、物流施設の開発から私募リートへの物件売却まで、不動産事業を幅広く手掛ける。

東京ガスは「都市ビジネス」セグメントで不動産販売・賃貸やホテル事業などを展開しているが、セグメント売上高は778億円(前期比-14.6%)にとどまり、大阪ガスのLBS事業と比べると相対的に小規模である。東京ガスはむしろ2025年、業務用ビル向け中央監視システム(ビルオートメーションシステム)を手掛けるトラストエンジ(東京都豊島区)を子会社化するなど、エネルギー関連ソリューション事業の強化に軸足を置いており、両社の非ガス事業は同じ「非ガス」という括りの中でも重心の置き方が異なる。

技術戦略の違い: メタネーションによる都市ガスの脱炭素化

両社が現在最も力を入れている技術領域が「メタネーション」である。水素(H2)と二酸化炭素(CO2)を反応させてメタン(CH4、都市ガスの主成分)を合成する技術で、発電所や工場から回収したCO2を原料に使えば、燃焼時に出るCO2は回収したCO2と相殺されるため、既存のガス導管やガス機器をそのまま使いながら都市ガスを実質的に脱炭素化できる。

東京ガスは、水素とCO2からメタンを直接合成する「サバティエ反応」を発展させた「ハイブリッドサバティエ」技術を、宇宙航空研究開発機構(JAXA)やIHIと共同で研究している。宇宙分野で培われた閉鎖環境での物質循環技術が、地上の脱炭素技術に応用されている点が興味深い。2023年には、ごみ焼却工場の排ガスからCO2を回収してメタネーションに利用する実証も横浜市と連携して開始しており、研究開発拠点である横浜テクノステーション(横浜市鶴見区)を中心に実証を積み重ねている。

大阪ガスは、石油系原料から都市ガス・代替天然ガスを製造していた時代から培ってきた触媒技術とスケールアップ設計のノウハウを活かし、CO2メタネーション設備の設計・プロセス最適化を進めている。2023年からはINPEXと共同で、一般家庭1万戸分に相当する400Nm³-CO2/hという世界最大級の実証設備の建設に着手した。さらに次世代技術として、固体酸化物形電解セル(SOEC)を用いてエネルギー変換効率85〜90%という世界最高水準を狙う「SOECメタネーション」の研究を進めており、2022年に着工した大阪市此花区酉島の新研究開発拠点では、研究棟「Daigas Innovation Center」が2025年9月に竣工し、約250人の研究者が集結してSOECのベンチスケール試験(2025〜2027年度)からパイロットスケール試験(2028〜2030年度)への橋渡しを担う。かつて都市ガス製造の拠点だった酉島地区に、次世代の都市ガス原料を生み出す研究拠点が置かれたことになる。

両社は競合関係にありながら、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のグリーンイノベーション基金事業では共同委員会を設置し、それぞれが開発する技術の社会実装に向けて助言を受け合う体制も取っている。合成メタンは「e-メタン」とも呼ばれ、2025年大阪・関西万博でも次世代の都市ガスとして紹介された。

開発・製造拠点

東京ガスは本社(東京都港区)のほか、東京湾岸に3か所(根岸・袖ケ浦・扇島)、東京湾外に1か所(日立)のLNG基地を構え、都市ガスの気化・製造を担う。研究開発は横浜市鶴見区の横浜テクノステーションに集約されている。大阪ガスは本社(大阪市中央区)のほか、関西の都市ガス供給の約7割を送出する泉北製造所(堺市西区・高石市の2工場)、姫路製造所(兵庫県姫路市)、そして2025年に研究棟が竣工した酉島の新研究開発拠点(大阪市此花区)を構える。判明する国内拠点を地図に示す(海外拠点・LNG受入桟橋を持たない小規模事業所は対象外)。

出典: 東京ガス公式サイト「所在地一覧」、大阪ガス公式サイトは事業所単位のページがWebFetchでタイムアウトしたため、各拠点の住所は個別のニュースリリース・地図情報サービス(マピオン電話帳、NAVITIME等)で確認した。座標はOpenStreetMap Nominatimによる町丁目単位のジオコーディング。

事業戦略・今後の展望

東京ガスは2030年に向けた経営ビジョン「Compass 2030」のもと、2026年度を初年度とする「2026-2028年度中期経営計画」を進めている。2026年度単年の目標としてセグメント利益1,950億円・当期純利益1,340億円・ROE 8.0%・ROIC 4.8%を掲げ、投資計画4,777億円を「利益成長、資本効率向上、安定的収益基盤の維持に必要な投資の厳選と資産の入替」に振り向けるとしている。この「資産の入替」路線を象徴するのが2025年以降の一連のポートフォリオ再編で、2025年4月にはビルオートメーション企業トラストエンジを子会社化してソリューション事業を強化する一方、2026年1月には東京ガスリース(株式の80%)をしずおかフィナンシャルグループへ売却、同年5月には米国の天然ガス火力発電事業(Birdsboro Power Holdings II)の持分を全て売却するなど、非中核資産を切り離してコア領域に資本を再配分する動きを鮮明にしている。創立140周年(2025年)を機に、地域やエネルギー分野を超えた事業展開を目指す方針も示している。

大阪ガスは2024年3月に策定した「Daigasグループ中期経営計画2026 ―Connecting Ambitious Dreams―」(2024〜2026年度)の最終年度を迎えている。重点戦略「3つの約束」(ミライ価値の共創・従業員の輝き向上・経営基盤の進化)を、国内エネルギー・海外エネルギー・ライフ&ビジネスソリューションの3事業領域で推進し、2026年度はROIC 5%程度・ROE 8%程度・自己資本比率45%以上、非財務目標としてCO2排出削減700万トン・再生可能エネルギー導入400万kWなどを掲げる。海外エネルギー事業では2024年、米国の天然水素(ネイチュラル・ハイドロジェン)探鉱スタートアップKoloma, Incに出資したほか、住友商事・JOINと組んだコンソーシアムを通じてインドの都市ガス事業へ2度目の出資を実施するなど、次の成長領域への布石を打っている。2026年3月期は米資産売却益も加わり過去最高純利益を記録しており、次期中期経営計画に向けては、海外エネルギー事業の収益貢献をどう安定的な柱に育てるかが焦点になる。

両社に共通する構造課題は、2017年の小売全面自由化以降、電力会社やLPガス事業者が都市ガス市場に参入し、電気とのセット販売などで競争が激化している点である。ガス導管という地域独占インフラを握りながらも、その中立化(法的分離)によって新規参入のハードルは下がり続けており、東京ガス・大阪ガスとも、国内の都市ガス販売量そのものの伸びが見込みにくい中で、海外エネルギー事業・電力・非ガス事業への多角化と、メタネーションによる「既存インフラを生かした脱炭素」を成長のドライバーに据えるという、同じ方向を向いた戦略を取っている。

参考リンク

#ガスインフラ #東京ガス #大阪ガス