レーダー(Radio Detection and Ranging)は、電波を発射し対象物からの反射波を受信することで、距離・方位・相対速度を測定するセンサーである。反射波の周波数変化(ドップラー効果)から相対速度を、電波が往復するのにかかった時間から距離を算出する。自動車用途では76〜81GHzのミリ波帯を使うことが多く、これを「ミリ波レーダー」と呼ぶ。カメラ・LiDARが光を扱うのに対し、レーダーは電波を扱うため、雨・霧・雪・逆光・夜間といった光学式センサーが苦手とする悪天候・悪条件下でも比較的安定して機能するのが最大の強みである。第二次世界大戦の防空システムから生まれたこの技術は、80年余りを経て自動車の量産部品にまで小型化・低価格化されている。
Chain Home防空レーダー塔(スウィンゲート、英ドーバー)
自動車用ミリ波レーダーアンテナ画像: Chain Home防空レーダー塔(Jean-Etienne Minh-Duy Poirrier, CC BY-SA 2.0)/ 自動車用ミリ波レーダーアンテナ(Stahlkocher, CC BY-SA 3.0 / GFDL)、Wikimedia Commons。
原理: FMCW方式 — ビート周波数から距離と速度を同時に求める
自動車用ミリ波レーダーの主流方式はFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave、周波数変調連続波)である。送信波の周波数を時間とともに一定の傾きで直線的に変化させ(チャープ、chirp)、対象物からの反射波を受信して送信波と混合(ミキシング)すると、両者の周波数差である「ビート周波数」f_b が得られる。
ここで B はチャープの帯域幅、T はチャープの掃引時間、c は光速、R は対象物までの距離、v は相対速度、\lambda は電波の波長である。右辺第1項は反射波の往復時間の遅れに由来する成分(距離に比例)、第2項はドップラー効果による周波数シフト成分(相対速度に比例)であり、静止物体からの反射でも移動物体からの反射でも、それぞれ異なる特徴を持つビート信号として観測される。複数のチャープを連続して送信し、それぞれのビート信号を高速フーリエ変換(FFT)で解析することで、距離と相対速度を分離して同時に求めることができる。距離分解能はチャープの帯域幅 B に反比例する(\Delta R = c / 2B)ため、広い帯域幅を使えるほど近接する2つの対象物を分離して検知できる。
画像: FMCW/ドップラーレーダーの原理図(Rainald62, CC BY-SA 3.0)、Wikimedia Commons。青線が送信波、グレー線が静止物体からの反射(時間遅れのみ)、赤線が接近する物体からの反射(時間遅れに加えドップラー効果で周波数が上方シフト)を示す。
原理: 周波数帯と用途の使い分け
自動車用ミリ波レーダーは主に76-81GHz帯を使用するが、その中でも用途によって帯域の使い分けがある。76GHz帯は前方100〜200m程度の長距離監視に向いており、距離分解能は1〜2m程度、視野角は約20度と狭めに絞られる。高速走行中のACC(アダプティブクルーズコントロール)や衝突被害軽減ブレーキのように、前方の遠い車両を早期に検知したい用途に向く。一方、77〜81GHzの広帯域は近接する車両・歩行者・自転車を細かく分離できる高い分解能を持ち、合流時や交差点右折時に周辺の複数の対象を見分ける支援に有効である。近年の「4Dイメージングレーダー」は、従来のレーダーが測っていた距離・方位角・相対速度に加えて仰角(高さ方向の角度)も同時に測定できるようにした高分解能タイプで、路面の段差やオーバーヘッドの標識といった高さ方向の情報も扱えるようになっている。
歴史: 防空システムから自動車部品へ
レーダーの実用化は第二次世界大戦にさかのぼる。英国の物理学者ロバート・ワトソン=ワットは1935年2月26日、電波を航空機に反射させて検知できることを初めて実証し、これをもとに構築されたのが英国本土防空網「Chain Home」である。1938年に運用を開始したChain Homeは22〜50MHz帯という比較的低い周波数を用いる大規模な固定式レーダー網で、開戦時に18基、終戦までに53基まで拡張された。1940年のバトル・オブ・ブリテンでは、数で劣る英空軍が独空軍の来襲を事前に察知できたことが、防衛成功の大きな要因になったとされる。ここから約80年、原理は同じ「電波を発射し反射を測る」まま、レーダーは巨大な固定アンテナ塔から、車両バンパー内に収まる数cm角のモジュールへと姿を変えた。
主要製品のスペック比較
| 製品 | メーカー | タイプ | レンジ | 視野角(FOV) | 測定項目 |
|---|---|---|---|---|---|
| Continental ARS540 | Continental | 4Dイメージングレーダー | 300m | ±60° | 距離・方位角・仰角・相対速度を同時測定 |
| Bosch 前方/コーナーレーダー | Bosch | 76〜77GHz・77〜81GHz帯 | 検知範囲300m(高感度検知は最大530m) | 非公開 | 距離・相対速度(210km/hでの走行時も対応) |
| Bosch レーダープレミアム(第5世代) | Bosch | 76〜77GHz・77〜81GHz帯 | 検知範囲300m(高感度検知は最大700m) | 非公開 | 距離・相対速度(前世代比で検知感度35%向上) |
| Aptiv FLR4+ | Aptiv | イメージングレーダー | 300m | 機械学習によるセンサーフュージョン対応 | ADAS〜自動運転支援向け高分解能検知 |
| Arbe Phoenix(Tesla HW4搭載品) | Arbe | 高分解能(合成開口)イメージングレーダー | 非公表 | 非公表 | 76〜77GHz帯、Teslaが2023年から車両に再搭載 |
Continental ARS540は、従来のレーダーが苦手としていた仰角方向の情報も含めて対象を高分解能に捉えられる4Dイメージングレーダーである。300mというレンジと±60°という広い視野角を両立させており、長距離監視と周辺の広い範囲のカバーを1台で成立させようとする設計思想が見て取れる。Boschの前方/コーナーレーダーとレーダープレミアムは、いずれも76〜77GHz・77〜81GHzの両帯域に対応し、検知範囲自体は300mで共通するが、高感度検知が可能な距離(センシティビティレンジ)がレーダープレミアムで700mまで伸びており、世代が進むほど遠方の小さな対象を検知する能力が底上げされていることが分かる。BoschとAptivの2社で自動車用レーダーの世界売上の45〜50%程度を占めるとされ、両社ともショートレンジ・ミッドレンジ・ロングレンジと4Dイメージングレーダーをフルラインナップで展開している。AptivのFLR4+は機械学習ベースのセンサーフュージョンを前提に設計されたイメージングレーダーで、2026年5月にはボルボが2028年以降の新型車向けに次世代の高分解能レーダープラットフォーム「Gen 8」を採用すると発表した。
Teslaが一度は捨て、再び拾ったレーダー
自動運転業界の中でも異色の判断を下したのがTeslaである。2021年5月、Teslaは北米向けのModel 3・Model Yからレーダーセンサーを撤去し、カメラのみによる認識システム「Tesla Vision」への移行を発表した。イーロン・マスクCEOは「相反するセンサー入力が安全性を損なう」という第一原理的な主張を展開し、業界の常識に反してカメラ単独での自動運転を追求する方針を明確にした。この決定は業界のエンジニア・アナリスト・規制当局・顧客を驚かせ、レーダーが苦手とする距離・速度の推定を含め、カメラだけで安全性を確保できるのかという議論が大きな論争になった。当初はオートステアの最高速度制限や車間距離の拡大など、機能面での制約も発生している。
ところがTeslaは2023年、次世代の自動運転コンピューター「Hardware 4」で方針を転換し、「Phoenix」というコードネームのレーダーセンサーを再びModel S・Model Xに搭載した。分解調査(ティアダウン)により、このレーダーがイスラエルのArbe社製「Phoenix」高分解能合成開口レーダーをベースにしていることが確認されている。カメラのみへの回帰から2年ほどで、悪天候時によりロバストな測距・測速データを提供するレーダーの必要性を認めた形であり、「カメラだけで十分か、レーダーを組み合わせるべきか」という議論に、業界最大手の一角が一度は極端な答えを出し、その後修正したという実例として興味深い。
実例: Honda SENSING 360 — 5基のレーダーで全方位をカバー
レーダーを複数基組み合わせて車両の全方位をセンシングする実例が、Hondaの「Honda SENSING 360」である。フロント中央に長距離用ミリ波レーダーを1基、車両前後左右の4カ所に中距離用ミリ波レーダーを4基配置し、計5基のレーダーと、フロントウインドウ上部の単眼ワイドビューカメラ1台を組み合わせることで、360度全方位のセンシングを実現している。前方の長距離監視には広い視野角より遠くまで届くレンジを重視したレーダーを、側面・後方の近距離監視には視野角の広さを重視したレーダーを、と用途に応じてレーダー自体の特性を使い分けている点が特徴的で、単一のレーダーでは両立しにくい「遠距離監視」と「全方位カバー」を、複数基の配置によって解決している実例といえる。
性能を左右するパラメータ
- レンジ: 高速道路でのACCのように、前方の遠い車両を早期に検知して余裕を持った減速を行いたい用途では、Continental ARS540のような長距離対応レーダーが必須になる
- 視野角(FOV): Honda SENSING 360が側面・後方に中距離レーダーを配置しているように、交差点での合流・右左折時に周辺の広い範囲をカバーしたい用途では視野角の広さが優先される。単一のレーダーでレンジと視野角を両立させるのは難しいため、複数基の組み合わせが実用上の解になりやすい
- 距離分解能とチャープ帯域幅: FMCW方式の距離分解能はチャープの帯域幅に反比例するため、76GHz帯の狭帯域運用のような1〜2m程度の分解能では、近接する複数の対象(自転車と歩行者など)を1つの塊として誤認識しやすい。合流支援など細かい対象識別が必要な用途では、77〜81GHzの広帯域による高分解能が効いてくる
- 仰角情報の有無: 従来型レーダーは水平方向の情報しか持たないため、路面の段差やオーバーヘッドの標識・高架橋を「障害物」と誤検知しやすい。ARS540のような4Dイメージングレーダーが仰角を測定できることは、この種の誤検知を減らす方向に効く
- 悪天候・悪条件への耐性: 雨・霧・逆光・夜間といった条件下では、カメラやLiDARの性能が大きく低下する一方、レーダーは電波を使うため比較的安定して機能する。Teslaのレーダー撤去・再搭載の経緯が示すように、カメラ単独での悪天候対応には限界があり、悪天候が多い地域・夜間走行が多い用途では、レーダーへの依存度を高める設計判断が合理的になる
- 機械学習ベースのセンサーフュージョンとの親和性: Aptiv FLR4+のように、生の点群データを機械学習パイプラインに直接渡す設計のレーダーは、カメラ・LiDARとの融合認識(センサーフュージョン)の精度向上に寄与しやすい。単純な物標検知出力のみのレーダーと比べ、後段の認識アルゴリズムに渡せる情報量が異なる
参考リンク
- Continental ARS540 4Dイメージングレーダー(Electronic Specifier)
- Honda SENSING 360の全方位安全技術(Honda公式)
- Boschレーダーセンサー(Bosch Mobility公式)
- 自動車用レーダー市場、Bosch/Aptiv/Continental/Densoの技術戦略比較(LinkedIn)
- AptivのGen 8高分解能レーダープラットフォーム、ボルボ採用(Aptiv関連報道)
- Robert Watson-Watt とレーダーの発明(Wikipedia英語版)
- Chain Home防空レーダー網(RAF Air Defence Radar Museum)
- Teslaのレーダー撤去とTesla Visionへの移行(Electrek)
- Tesla Hardware 4搭載車での新型レーダー「Phoenix」確認(InsideEVs)
- Teslaとレーダーの関係の変遷(Edge AI and Vision Alliance)