工作機械の主軸、産業用ロボットの関節、自動車の車輪とドライブシャフト、風力発電機のナセル――あらゆる機械の「回転する部分」には軸受(ベアリング)が入っている。摩擦を減らし、回転体を正確な位置に保持するこの小さな部品がなければ、精密な位置決めも高速回転も成り立たない。日本の軸受市場は日本精工(NSK)が国内首位・世界シェア上位、NTNが国内2位・自動車用等速ジョイント世界首位という構図で長く並び立ってきたが、2026年5月12日、両社は共同持株会社の設立による経営統合に基本合意したと発表した。スウェーデンSKF、ドイツ・シェファーラーなど欧米勢が上位を占め、中国メーカーの台頭でコスト競争が激化するなか、「単独では戦えない」という危機感が、国内1位と2位を統合という形にまで押し出した。本稿では、統合前の両社それぞれの企業規模・製品・技術戦略の違いを整理したうえで、統合の中身と業界地図への影響を見る。

画像: NSK Logo.svg / NTN Corporation Logo.svg、いずれもWikimedia Commons(パブリックドメイン、単純な図形・文字のみで著作権の保護対象とならないと判定されたロゴ。商標権は別途存在)。

企業の歴史: 日本初の量産軸受メーカーと、桑名の若き技術者が興した会社

NSK(日本精工)は1916年11月、東京・有楽町で創立された日本初の軸受量産メーカーである。創業者の山口武彦は米国の釘工場視察の経験を基に国産軸受の量産化を志し、1917年に日本初の転がり軸受量産を、1926年には軸受用鋼球の国産化を達成した。1961年に藤沢に技術センターを設立してR&D体制を強化し、1964年には新幹線用ジャーナル軸受を供給、1971年のフランス進出を皮切りに1970〜80年代に欧米へ、1990年代には中国・インドへと生産拠点を広げ、軸受専業から自動車用ステアリング・精密機器・メカトロニクスへと事業を多角化してきた。2015年策定の長期ビジョン「Vision 2026」以降は、これまでの中期経営計画(MTP2026等)を通じて経営基盤の立て直しを進めてきている。

NTNの起源は1918年、三重県桑名で当時21歳の技術者・西園二郎が興した西園鉄工所での玉軸受研究製作にさかのぼる。1923年に大阪の巴商会と提携し、「NTN」の商標で国産軸受の製造販売を開始、1934年3月19日に法人として設立された。戦後は自動車用等速ジョイント(CVJ)分野に早くから参入して世界トップシェアを獲得し、2018年に創業100周年を迎えている。NSKより2年若い「日本で2番目に古い軸受メーカー」であり、大阪市西区京町堀の本社を拠点に、軸受とドライブトレイン部品(等速ジョイント・ハブベアリング)の両輪で事業を構成してきた。

両社に共通するのは、戦前に日本の重工業を支える基礎部品として出発し、戦後の自動車産業の急成長とともに規模を拡大してきた点である。そして2026年、両社は「単独では超えられない壁」を前に、100年以上の歴史を持つ会社としては大きな決断――経営統合――に踏み切ることになる。

企業規模の比較: 過去5期の推移

売上規模ではNTNがNSKをわずかに上回る期が多いが、営業利益・純利益の変動幅はNSKの方が大きい。NSKは2023年3月期をピークに一時減益局面が続いた後、2026年3月期に回復基調に転じた。NTNは2025年3月期に大型の一過性損失で最終赤字に転落したが、2026年3月期には為替(円安)効果と構造改革・売価改善により黒字に復帰している。

決算期 NSK 売上高 NSK 営業利益 NTN 売上高 NTN 営業利益
2022年3月期 8,651億円 (経常利益295億円) 6,420億円 68.8億円
2023年3月期 9,381億円 329億円 7,740億円 171億円
2024年3月期 7,889億円 274億円 8,363億円 281億円
2025年3月期 7,967億円 285億円 8,255億円 229億円(最終赤字238億円)
2026年3月期 9,116億円 388億円 8,263億円 310億円

NSK 2022年3月期は営業利益の一次情報を確認できなかったため、代わりに経常利益を括弧書きで示した(前年比+408.6%の急回復)。数値はNSK・NTN両社の決算短信・決算説明会資料およびそれらを報じた日本経済新聞等の報道で相互に確認したもの。

指標 NSK NTN
世界シェア(軸受、2024年) 約13%・世界3〜4位級 約11%・世界4〜5位級
統合後の想定シェア 単純合計で約24%、SKF(約18%)を上回り世界首位級に 同左
事業の柱 軸受、自動車部品(ステアリング等)、精密機器・メカトロニクス 軸受、自動車部品(等速ジョイント・ドライブシャフト)

軸受単体の世界シェアでは、SKF(スウェーデン)・シェフラー(ドイツ)を筆頭とする欧州勢と並んで、NSK・NTNがそれぞれ世界トップ5前後に位置する。両社の統合が実現すれば、単純合算で世界首位のSKFを上回る規模になるという試算が複数の報道で示されている――これが、統合の最大の狙いである。

主力製品の比較

軸受(ベアリング)そのもの

両社とも玉軸受(ボールベアリング)・ころ軸受(ローラーベアリング)を軸に、産業機械・自動車・鉄道・航空機・風力発電機まで用途別に多様な軸受を展開する総合軸受メーカーである。NSKは新幹線用ジャーナル軸受(1964年供給開始)以来、鉄道・産業機械向けの大型軸受を強みとし、藤沢工場では風力発電機・航空機向けの産業機械用軸受を集中生産している。NTNは0.01ミクロン単位の高精度加工・検査技術を軸に、家庭用機器から航空宇宙・ロケット用途まで幅広くカバーする。

項目 NSK NTN
軸受の強み分野 鉄道車両用ジャーナル軸受、風力発電機・航空機向け産業機械用軸受(藤沢工場) 高精度・広範囲対応(家庭用機器〜航空宇宙)、超大型軸受(桑名製作所)
針状ころ軸受(ニードルベアリング) 高崎工場・榛名工場で専業生産 (公開資料では専用拠点の記載なし)
EV対応の新型軸受 低フリクションハブユニット軸受(従来比フリクション40%減、2026年までに世界売上200億円目標) 高効率固定式等速ジョイント「CFJ」等、EVシフト対応品を開発

自動車部品: ステアリング(NSK) 対 等速ジョイント(NTN)

自動車向け事業での主力製品は対照的である。NSKはステアリングシステム(電動パワーステアリング用部品等)を自動車部品事業の柱としてきたが、2026年5月発表のMTP2028ではステアリング事業を経営目標の対象から外し、戦略的パートナーとの事業再構築を進める方針を示している。NTNは自動車用等速ジョイント(CVJ)で世界トップシェアを持ち、ハブベアリング・ドライブシャフトでも世界トップクラスの地位を保っている。等速ジョイントはエンジンやモーターの回転を車輪に伝えながら、サスペンションの上下動やステアリングの角度変化にも追従する部品で、NTNはこの分野を祖業の一つとして100年近く強化し続けてきた。

次の成長領域: NSKの「ロボティクス」対NTNの「アフターマーケット」

両社の中期経営計画は、次の成長エンジンをまったく異なる方向に見出している。NSKは2025年の国際ロボット展(iREX)にヒューマノイドロボット向けアクチュエータを出展し、2028年の市場投入を目指すと発表、2026年8月にはロボットベンチャーのアトムと戦略的パートナーシップのMOUを締結し、自社工場でのヒューマノイドロボット実証・フィジカルAIデータ収集にも乗り出した。MTP2028ではロボティクス事業を新たな収益の柱と位置づけ、軸受・ボールねじといった部品供給に加え、ロボットの関節を構成するアクチュエータそのものの開発・供給まで踏み込む方針である。一方NTNは中期経営計画「DRIVE NTN100 Final」(2024〜2027年度)で、保守・補修部品を扱うアフターマーケット事業の比率を2027年に20%、2036年には40%まで引き上げる計画を掲げ、営業利益率を2027年までに3.4%から6.0%へ改善する目標を置く。新規需要の開拓(NSK)か、既存製品の周辺収益強化(NTN)か、という対照的な成長戦略である。

技術戦略・強みの違い

NSKの技術戦略の軸足は、既存の軸受事業を土台にした新領域への拡張にある。ロボティクス分野への参入はその象徴で、軸受・ボールねじという既存のコア技術をヒューマノイドロボットの関節用アクチュエータへ転用し、部品供給業から機構部品の設計・提案業へと事業モデルを広げようとしている。低フリクションハブユニット軸受のようなEV向け新製品も、電費向上に直結する摩擦低減という軸受メーカーならではの土俵で戦う設計である。

NTNの技術戦略は、祖業である等速ジョイント・ドライブトレイン技術の深掘りと、収益構造の立て直しに重点を置く。高効率固定式等速ジョイント「CFJ」はEVの高トルク・低速域での効率を高める製品で、内燃機関車からEVへの動力伝達方式の変化に対応したものである。同時に「DRIVE NTN100 Final」が示すように、2025年3月期に一過性損失で最終赤字に転落した反省から、自動車向け事業の構造改革とアフターマーケット比率の引き上げによる収益安定化を最優先課題としている。技術の派手さより、まず「稼ぐ力」を取り戻すことが今のNTNの技術・事業戦略の土台である。

開発・製造拠点

NSKは本社(東京都品川区大崎)のほか、国内に産業機械用軸受・自動車用軸受・針状ころ軸受・ステアリング部品などの生産拠点を分散配置している。NTNは本社(大阪市西区京町堀)を置きつつ、祖業の地である三重県桑名市を中心とした東海地区に軸受生産拠点を、静岡・岡山に等速ジョイント(CVJ・ドライブシャフト)の生産拠点を構える。判明する国内主要拠点を地図に示す(海外拠点・全事業所は対象外)。

出典: NSKは公式サイト「日本の主な生産拠点の紹介」掲載の工場名をもとに、住所は地図情報サービス(マピオン電話帳・NAVITIME等)で個別に確認。NTNは公式サイト「国内拠点ネットワーク」掲載の製作所・工場名をもとに、住所は同様に地図情報サービスで確認。座標はOpenStreetMap Nominatimによる、可能な限り施設名(会社名)検索での特定、それが不可の場合は町丁目単位のジオコーディング。

事業戦略・今後の展望: 「国内首位・2位の統合」という異例の一手

2026年5月12日、NSKとNTNは共同持株会社設立による経営統合の基本合意を発表した。スキームは共同持株会社の傘下に両社がぶら下がる形で、共同持株会社の設立は2027年10月を予定している。NSKの市井明俊社長は「3年後、5年後には(今の事業構造のままでは)別会社として立ち行かなくなるような状況も想定される」という趣旨の危機感を、NTNの藤原靖夫社長は「技術・人材・事業基盤を結集し、国際競争力を強化する必要がある」との統合の必要性をそれぞれ述べている。背景にあるのは、SKF・シェフラー・ティムケンなど欧米大手が上位を占め続けるなかでの日本メーカーのシェア低下と、中国メーカー台頭によるコスト競争の激化である。統合が実現すれば両社の売上高単純合計は約1.7兆円規模となり、世界シェアの単純合計は約24%でSKF(約18%)を上回る計算になる――日本の軸受業界にとって、国内首位と2位がまるごと一つになるという、業界地図を塗り替える再編である。

NSK単独では、2026年5月13日に発表した中期経営計画「MTP2028」(NTNとの統合合意とは別建て)で、ロボティクス事業を新たな収益の柱に据え、ステアリング事業は経営目標から切り離して戦略的パートナーとの再構築を進める方針を示している。NTN単独では、「DRIVE NTN100 Final」でアフターマーケット比率の引き上げと自動車向け事業の構造改革によるROE8%達成を掲げる。統合後にこの2つの中期計画がどう統合されるのかは、2027年10月の共同持株会社設立に向けて今後詰められていくことになる。

参考リンク

#軸受 #ベアリング #NSK #NTN #日本精工