SLAM(Simultaneous Localization and Mapping)は、センサーだけを頼りに「自分がどこにいるか」と「周囲がどうなっているか」を同時に推定する技術である。この記事では、SLAM全体の技術的な潮流を整理する。個別の分野(Visual-SLAM、LiDAR-SLAM)の詳細は別記事に譲る。

ROS 2ROS 2

画像: Robot Operating Systemロゴ、Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

第1の潮流: フィルタベースから始まった

初期のSLAMは、拡張カルマンフィルタ(EKF)やパーティクルフィルタによる逐次推定が主流だった。センサー観測が届くたびに状態を更新していく方式で、計算コストは低いが、誤差が蓄積しやすく大規模な地図では破綻しやすいという弱点があった。

第2の潮流: グラフ最適化への移行

その後主流になったのが、ポーズグラフ最適化(グラフSLAM)である。ロボットの軌跡上の各時点の姿勢をノード、センサー観測から得られる相対関係をエッジとするグラフを構築し、全体を非線形最小二乗問題として一括最適化する。ループクロージャ(過去に訪れた場所を再認識し、蓄積誤差を後から補正する処理)と組み合わせることで、大規模環境でも破綻しにくい地図を作れるようになった。newbotで採用しているslam_toolboxやFAST-LIOも、この系譜に位置づけられる。

グラフ最適化の中身: 非線形最小二乗問題としての定式化

グラフSLAMが内部で解いている問題をもう少し具体的に見ると、ロボットの軌跡上の各時刻の姿勢をノード、センサー観測から得られる相対的な位置関係をエッジとするグラフを構築し、全ノードの配置が全エッジの制約と最大限整合するように調整する、非線形最小二乗問題として定式化される。センサー観測にはノイズが含まれるため、エッジ同士の制約が互いに矛盾することが避けられず、その矛盾を「最も無理のない形で分配する」のがこの最適化の役割になる。

定式化すると、求めたい全姿勢 \mathbf{x} = (\mathbf{x}_1, \dots, \mathbf{x}_n) に対し、次の目的関数を最小化する問題になる。

\mathbf{x}^{*} = \arg\min_{\mathbf{x}} \sum_{(i,j) \in \mathcal{C}} \left\| \mathbf{e}_{ij}(\mathbf{x}_i, \mathbf{x}_j) \right\|^2_{\Sigma_{ij}^{-1}}

ここで \mathcal{C} はセンサー観測によって拘束されたノードの組(エッジ)の集合、\mathbf{e}_{ij} はノードijの推定姿勢とセンサー観測の食い違いを表す誤差関数、\Sigma_{ij}^{-1} はその観測の信頼度(共分散の逆行列)による重み付けである。

解法にはGauss-NewtonやLevenberg-Marquardtといった反復法が使われる。誤差関数を現在の推定値のまわりで線形近似し(\mathbf{e}_{ij}(\mathbf{x} + \Delta\mathbf{x}) \approx \mathbf{e}_{ij}(\mathbf{x}) + \mathbf{J}_{ij}\Delta\mathbf{x})、正規方程式 \mathbf{J}^\top \mathbf{J} \, \Delta\mathbf{x} = -\mathbf{J}^\top \mathbf{e} を解いて更新量 \Delta\mathbf{x} を求め、収束するまで繰り返す。カメラ姿勢だけでなく、観測した特徴点(ランドマーク)の3次元位置も同時に最適化対象へ含める場合は、この処理は特にバンドル調整(Bundle Adjustment)と呼ばれる。SLAM問題は変数(姿勢・ランドマーク)の数こそ多いものの、1つの観測が関係する変数はごく少数に限られるため、生成される行列(ヤコビアン・ヘッセ行列)は疎(スパース)になる。この疎性を活かした効率的な求解が実用上の鍵であり、Ceres Solver・g2o・GTSAMといった汎用の最適化フレームワークが、この種の疎な非線形最小二乗問題を解くライブラリとして広く使われている。

第3の潮流: 学習ベース・AIネイティブSLAM

現在進行中の潮流が、深層学習をSLAMパイプラインに組み込む動きである。特徴点抽出・マッチングを深層学習に置き換えることで、照明変化やテクスチャの乏しい環境への頑健性を高める研究が進んでいる。さらに近年は、グラフニューラルネットワークや、大規模言語モデル(LLM)・Vision-Language-Action(VLA)モデルをSLAMパイプラインに統合する「AIネイティブ/セマンティックSLAM」という方向性も登場している。単に「どこにいるか」だけでなく、「そこに何があるか」を同時に理解する意味的な地図構築が目指されている。

地図表現そのものの変化

近年最も目立つ変化は、地図の「表現形式」自体の刷新である。従来の点群・占有格子地図に加えて、Neural Radiance Fields(NeRF)や3D Gaussian Splatting(3DGS)を用いた地図表現が急速に台頭している。これらはマッピング精度やレンダリング品質、計算効率の面で従来手法を上回る場面が増えており、2026年に入ってからもMHED-SLAM、GTS-SLAM、MTE-SLAM、HL-SLAM、PMET-SLAMなど、3DGS/NeRFベースの新手法が国際会議・論文誌に相次いで発表されている。詳細は別記事「Visual-SLAMの技術動向」で扱う。

2026年後半の実例: 3DGS-SLAMの多様化

「地図表現そのものの変化」で触れた3DGS/NeRFベース手法の広がりを2026年8月時点の発表で具体的に見ると、対象領域の多様化が著しい。動的なシーンに対応するRoSe-SLAM(単眼動画から意味情報付きの3D Gaussianマップを構築、IROS 2026採択)、視覚・慣性情報を統合しながらリアルタイムに逐次追加していくStipple(Daniel Cremers研究室、慣性センサーとの緊密結合)、都市規模の大規模環境を扱うGLAM-SLAM(フローの密化と空間分割でスケールする設計、IROS 2026採択)、LiDAR点群と3D Gaussianを組み合わせるReal-Time LiDAR Gaussian Splatting SLAMなど、屋内外・動的環境・大規模環境という異なる制約に向けた専門化が進んでいる。医療分野への展開も進み、内視鏡下でのSLAMを扱うEndoMD-SLAM、腹腔鏡手術向けのTrack2Map(MICCAI 2026採択)のように、ロボティクス以外の応用も広がりつつある。

意味理解の統合: オープン語彙・基盤モデル連携SLAM

「学習ベース・AIネイティブSLAM」の潮流をさらに具体化すると、2026年は視覚基盤モデル(Vision Foundation Model)の特徴量をSLAMパイプラインへ直接組み込む手法が相次いで発表された年になっている。RADIO-ViPE(2026年4月)は、集約型の視覚基盤モデルから得たマルチモーダル埋め込みをオンラインでタイトカップリングし、動的環境下でもテキストで指定した任意のカテゴリを地図上に位置づけるオープン語彙意味SLAMを実現している。FeatureSLAM(2026年1月)は3D Gaussian Splattingの各Gaussianに視覚基盤モデルと整合した特徴量をラスタライズし、リアルタイム性を保ったまま意味的に検索可能な地図を構築する。この方向性は2025年10月に発表されたサーベイ論文「Semantic Visual SLAM: A Survey on State of the Art, Challenges, and Future Directions」が、大規模言語モデルの統合までを射程に入れて体系的に整理しており、SLAMが単なる幾何推定から意味理解を伴うシステムへ移行しつつある実態を裏付けている。

センサーモダリティの広がり: 4D レーダーという選択肢

LiDAR・カメラに続く第3のセンサーとして、悪天候への耐性を武器にした4Dレーダー(距離・方位・仰角・ドップラー速度の4次元情報を得られるミリ波レーダー)を使うSLAM研究も継続的にアップデートされている。3D Gaussianモデリングと多仮説スキャンマッチングを組み合わせた4D Radar-Inertial Odometryは、霧・降雨・粉塵などカメラやLiDARが不利になる環境でのオドメトリ精度向上を狙ったもので、2024年末の発表以降も2026年3月に改訂版が出るなど継続的に改良されている。評価用データセットの側でも、360度カメラとIMUを使い床平面図の事前情報まで組み込んだHilti-Trimble-Oxfordデータセット(2026年7月)のような、より実運用に近い条件を想定したベンチマークの整備が進んでいる。

産業・研究動向の地域性

SLAM関連の特許・論文の分析では、中国がLiDAR中心の2D SLAM、ROSベースの実装、グラフ最適化、マルチロボット・エッジコンピューティングの分野で高い比重を占めているという指摘がある。ドローンやサービスロボットなど実用アプリケーション側からの要求が、研究の方向性を強く牽引している状況が見て取れる。

まとめ: 3つの潮流は排他的ではない

フィルタベース・グラフ最適化・学習ベースという3つの潮流は、時系列的に古いものが新しいものに置き換わったわけではなく、現在は併存・融合している。例えばnewbotで使っているFAST-LIOはグラフ最適化とは異なる直接法(direct method)の系譜に属しつつ、周辺では学習ベースの特徴抽出や3DGSベースの地図表現との融合が進んでいる。どの手法を選ぶかは、計算資源・センサー構成・求める地図の用途によって変わる、というのが現時点での実務的な結論である。

参考リンク

#SLAM #深層学習