ステレオカメラは、一定間隔(ベースライン)を空けて配置した2つのレンズで同じ対象を撮影し、左右の画像に生じるズレ(視差、disparity)から三角測量の原理で距離を算出するセンサーである。単眼カメラが1枚の画像だけでは絶対距離を原理的に決定できないのに対し、ステレオカメラは2つの視点の幾何学的関係から距離を直接計算できるため、追加の仮定(路面が平面である、等)に頼らずに距離精度を確保しやすい。自動運転車の前方監視、ロボットのナビゲーション、産業用途の3次元計測など幅広く使われている。

ステレオカメラ式運転支援システム「アイサイト」搭載のスバルWRX S4アイサイト搭載車(スバル WRX S4)

画像: Subaru WRX S4 2.0GT-S EyeSight (DBA-VAG) front(Tokumeigakarinoaoshima, CC BY-SA 4.0)、Wikimedia Commons。車両前部の外観写真であり、フロントガラス裏のカメラユニット自体のクローズアップではない。

原理: ベースラインの長さがトレードオフを生む

視差 d(左右画像での同一点の画素ズレ)、焦点距離 f、ベースライン(2つのレンズ間の距離) B の間には、次の関係が成り立つ。

Z = \frac{f \cdot B}{d}

ここで Z は対象物までの距離である。この式が示す通り、距離 Z は視差 d に反比例する――近い物体ほど視差が大きく、遠い物体ほど視差は小さくゼロに近づく。ベースライン B が長いほど、同じ距離変化に対応する視差の変化量(感度)が大きくなるため、遠距離の測距精度が上がる方向に働く。逆にベースラインが長いと、対象物が近すぎる場合に左右のレンズの視野が重ならなくなり、測距できる最短距離(近距離側の限界)が伸びてしまう。このため、ステレオカメラの設計はベースラインの長さを軸に「遠距離重視」か「近距離重視」かのトレードオフを抱えることになる。単眼カメラと違い可視光ベースのパッシブ方式(赤外線プロジェクター等を使わない)であるため、太陽光の強い屋外環境でもLiDARやアクティブ方式のデプスカメラより安定して機能しやすい。

画像: Epipolar geometry(Arne Nordmann, CC BY-SA 3.0 / GFDL)、Wikimedia Commons。

左右画像から視差を求める処理(ステレオマッチング)には様々なアルゴリズムがあるが、古典的名手法として広く使われてきたのがドイツ航空宇宙センター(DLR)のHeiko Hirschmüllerが2005年に発表したSemi-Global Matching(SGM)である。本来2次元の最適化問題を8方向程度の1次元のスキャンライン最適化で近似することで、大域的手法に近い精度を局所的手法に近い計算コストで実現する手法で、OpenCVをはじめ多くのコンピュータビジョンライブラリに実装され、FPGA・GPUでのハードウェア実装も進んでいる。近年はディープラーニングベースのステレオマッチング(コスト集約にCNNを使う手法など)がSGMを精度で上回る場面も増えているが、計算資源が限られる組み込み用途ではSGM系のアルゴリズムが今なお現役である。

主要製品のスペック比較

製品 ベースライン 深度レンジ 解像度/フレームレート 備考
Stereolabs ZED 2i(2.1mm焦点距離モデル) 12cm 0.3〜20m HD720で60fps、最大2K(2208×1242) 3m以内で誤差1%未満、15m以内で5%未満
Stereolabs ZED 2i(4mm焦点距離モデル) 12cm 1.5〜35m HD720で60fps、最大2K(2208×1242) 3m以内で誤差1%未満、15m以内で5%未満
Luxonis OAK-D 7.5cm (中距離向け) Myriad X VPU内蔵でAI推論とステレオ深度をオンボード処理。2020年のKickstarterで650人超のバッカーから約130万ドルを調達し量産化
Luxonis OAK-D LR(Long Range) 15cm 最大約30m 標準OAK-Dよりベースラインを倍増し、遠距離精度を優先した派生モデル
Intel RealSense D435/D435i 約50mm 約0.3〜10m(条件による) 最大1280×720@90fps(深度) アクティブ赤外線パターン投影を併用できるが、パッシブステレオのみでも動作する。D435iは6軸IMU内蔵版
e-con Systems TaraXL 60mm 約0.5〜3m WVGA(752×480)、最大60fps NVIDIA Jetsonプラットフォーム最適化、6軸IMU内蔵。ON Semiconductor製MT9V024センサーを左右に搭載

ZED 2i(2023年発売)は屋外ロボティクス向けに設計されたステレオカメラで、焦点距離の異なる2種類のレンズモデルを用意することで、近距離重視(2.1mmモデル、最短0.3m)と遠距離重視(4mmモデル、最長35m)のどちらの用途にも対応できるようにしている。ベースラインは共通の12cmで、これがZED 2iの測距特性のベースになっている。Luxonis OAK-Dはステレオ深度カメラとAI推論チップ(Intel Movidius Myriad X VPU)を1台に統合した組み込み機器で、2020年のKickstarterクラウドファンディングで爆発的な支持を集めて量産化された経緯を持つ。長距離特化の派生モデルOAK-D LRはベースラインを15cmまで拡大し、前述の「ベースラインが長いほど遠距離精度が上がる」という原理をそのまま製品設計に反映している。Intel RealSense D435/D435iとe-con Systems TaraXLは、パッシブステレオを基本としながら赤外線投影やIMUを併用できるハイブリッド型で、近距離のロボティクス・ドローン用途に向く。

実例: スバル・アイサイトの進化 — 2眼から3眼へ

ステレオカメラの実用例として最も長い実績を持つのがスバルの「アイサイト」である。2008年に登場した初代アイサイトは、2つのステレオカメラで前方を立体的に把握する仕組みを採用し、単眼カメラでは困難だった障害物までの正確な距離計測をベースに、プリクラッシュブレーキなどの安全機能を実現した。その後改良を重ね、2022年8月時点で世界累計搭載台数は500万台を突破している。

最新世代のアイサイトでは、従来の2つのステレオカメラに加えて広角の単眼カメラを追加し、「3つの目」の構成に進化した。ステレオカメラだけでは視野角に限界があるため、広角単眼カメラを組み合わせることで交差点の左右など周辺情報の把握を補強する狙いがある。さらに「アイサイトX」は、カメラによる周辺認識に加えてGPS・3D高精度地図データを組み合わせることで、高速道路での条件付きハンズオフ走行(レベル2)を実現している。ステレオカメラ単体の測距能力と、GNSS・地図データという外部情報を融合させることで、カメラだけでは難しい高度な運転支援を成立させている実例である。

アイサイトの生みの親が興したステレオビジョン企業

初代アイサイト(「ステレオレンジイメージャー」)の開発を主導したのは、スバルの主任技師だった實吉敬二である。ステレオカメラだけで車両・歩行者・自転車・二輪車といった対象を検知する運転支援システムを世界で初めて実用化したのが、實吉が率いたチームだった。實吉は1998年にスバルを退社した後、東京工業大学の教授として2017年初頭まで研究を続け、2016年5月には自ら「ITDラボ」を設立してステレオビジョン技術の研究開発を継続している。自動車メーカーの中で生まれた技術が、開発者本人によって独立した専門企業の形で引き継がれていったという、業界内でも珍しい経緯を持つ人物である。

Intel RealSenseは、2021年に一部製品ライン(L515・T26x・F45x)の終息が発表され業界に動揺が広がったが、D400シリーズのステレオ深度カメラ自体は継続販売され、2025年にはRealSense事業そのものがインテルからスピンオフし、半導体特化のプライベートエクイティ企業が支援する5000万ドルのシリーズA資金調達を受けて独立企業として再出発している。大手半導体メーカーの一事業だったステレオ深度カメラが、市場のニーズを受けて独立会社として存続することを選んだ事例である。

性能を左右するパラメータ

参考リンク

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